ドリーム小説


ーティはこれから

 キセキの世代がハロウィンに近い休日に東京に集まって、ちょっとしたハロウィンパーティを開くと聞いたのは、赤司くんと部の備品についてチェックを行っていたときだった。ふと思い出したように口にした赤司くんに、凄いメンバーが集まるね、楽しんできてねと言うと、彼は不思議そうに首を傾げた。以前は完全無欠の言葉が似合うように、表情もあまり変わらない彼だったが、ここ最近はこうやって感情が外に出るようになった。それを指摘すると、それはきみの前だからだよと微笑まれて、何も言い返せなくなってしまったのはここだけの話だ。
 話を戻すと、彼はどうやら私も一緒に連れていく気だったらしい。私はキセキの世代のメンバーとは赤司くん経由で知り合いではあるものの、そこまで深く関わったこともない。しいて言えば、桐皇学園のマネージャーである桃井さんとは連絡先を交換しているくらいである。
 せっかくの中学時代の仲間たちが集まるのだ。赤司くんは京都に住んでいるし、なかなかみんなが会える機会はないだろう。あったとしても、全国大会のときくらいだ。そのときは基本、それぞれ調整があるから集まることもできない。だから、こういう機会は本当に貴重だと思う。そんな機会に言ってしまえば部外者である私がついて行っていいのだろうか。それを正直に話すと、赤司くんは平然と答えた。

は俺の婚約者だし、何も問題はないよ。ちょうど紹介する機会を探していたんだ」

 確かに私たちは6月末に婚約関係を結んだ。
 経営不振に陥っていた家の一人娘である私が、その再建のための人身供物としてとある企業の子息との婚約の話が進んでいた。しかしそれに気づいた赤司くんが、なんと予想もしなかったのだが、ずっと私に想いを寄せてくれていたようで、赤司くんの手によって私が知らぬ間に赤司家と話が進み、婚約に至ったのである。
 ずっと私への気持ちを隠してきたと言っていた彼だけど、もう今では堂々としていて、学校にいるときでも周りに誰もいないことを確認すると甘い言葉を囁いてくる。まだ高校生なのに、なぜそんなに人をどきどきさせる言動を知っているのかは謎である。
 まぁ、そこは置いたとしても、私は現在彼の婚約者として彼と共に社交界のパーティに足を運んだり、赤司家の関係者に挨拶回りをしている最中だったりするのだ。
 だがまさか赤司くんの中学時代からの友人たちにも紹介されるとは思っていなくて、思わず驚きの声を上げてしまった。それに気付いた赤司くんは穏やかに笑う。

「何かおかしいかな。中学時代の友人も、きみも、オレにとって大事な人だから改めて紹介したいと思っていたんだが、」

 が迷惑だと思うならやめておこう。
 少ししょんぼりしたような表情で言うものだから、私はぶんぶんとかぶりを振った。その勢いのまま声を上げてしまい、ちょっとうるさかったかなと反省するが、今更である。

「そんなことない! 私も赤司くんの友達と仲良くなりたいよ!!」

 私が答えると、赤司くんはほっとしたように肩を落とした。

「じゃあ、オレと一緒に来てくれるかい」
「うん、私でよければ」
「きみでなければ意味がないよ」

 同時に高校バスケ部にしては小さな、それでも私より大きくて、バスケ選手らしい大きな手がそっと私の頰に添えられた。愛しいという感情を最大限表した瞳に見つめられて、頰を優しく撫でられる。正直、この瞳で見つめられたことはもう数え切れないほどあるのだが、今でも全く慣れていなくて、すっと目を逸らしてしまう。そんな私に困ったように笑って、赤司くんは立ち上がった。

「もう遅い。帰ろう、送っていくよ」

 そう言うと、私のスクールバッグを自然な動作で手にとった。

「あ、悪いよ。そんな」
「オレが少しでも一緒に居たいんだ」
「っ」
「少しでもオレと一緒に居て、にはオレのことを好きになってもらわないと困るからね」

 どこかおどけた口調で言う赤司くんに笑ってしまって、私はその言葉に甘えることにした。放課後の部活動後、1番最後まで残っていた私たちは戸締りをしっかりと確認してから学校を出た。横に並んでゆっくりと歩きながら、私は赤司くんにバレないようにこっそりと彼の横顔を盗み見る。
 とても端正な顔。どちらかというと中性的な顔立ちで、まるでお人形のような静謐さを称えている。
 彼は何も言わない。私に求めない。ただ、自分がどれだけ私のことを好きなのかを瞳で、態度で、表情で、言葉で伝え続けてくれている。その先に、私が何も返さなくても、私が彼と同じことを返すことを求めることはしなかった。
 ──少しずつでもいいからオレを好きになって。
 赤司くんはあの日、そう言った。でも、私の心を無理に求めることはなかった。
 私はそんな彼に甘えている。
 何も言われないことをいいことに、彼に答えることを先延ばしにしている。
 無理はしなくていいよとも言われた。でも、私は無理しているわけではないのだ。ただ、自分の感情に追いつかないだけ。きっと、私は赤司くんのことが好きだ。それは彼にも伝えている。けれど、でもまだその実感ができていない。だから、どうかそれまで、ちゃんと自分でその感情がわかるようになるまで待っていてほしいと赤司くんに頼んだ。赤司くんはそれに頷いて、どこまでも私を待ってくれている。
 私が、彼への想いを自覚できるまで、ずっと。
 ずっと私は赤司くんから与えられているばかりだ。

?」
「え、なに!?」

 ふと気付くと赤司くんがこちらを覗き込んでいて、至近距離で瞳が交錯した。あまりのその近さに、かっと顔が熱くなったのを感じる。

「顔、赤いね」
「え?」
「寒いか?」

 今年は10月に入って一気に冷え込んだ。衣替えをサボっていたため、急いでクローゼットやタンスの中を変える羽目になったことは記憶に新しい。
 私は現在、コートを制服の上に羽織っているため、そこまで寒さは感じていない。どちらかというと、まだコートを着ていない赤司くんの方が寒そうである。

「大丈夫だよ。コートも着てるから」
「そうか……」
「? 赤司くん?」

 少し考え込むように黙った赤司くんは、それでもすぐに口を開いた。

「じゃあ、がそんなに顔が赤いのはオレのせいかな」
「へっ」
「最近はオレと一緒にいると、よく顔が赤くなる」
「それは……」

 それは言われずとも赤司くんのせいだと分かっている。そんな私の様子をよく見ている赤司くんにもバレバレなのは予想以上に恥ずかしい。恥ずかしさに耐え切れずに顔を俯かせると、赤司くんの微かに笑う声が耳に届いた。

「すまない。困らせる気はなかったんだ」
「……」
「ただ、……そうだな。らしくもないが、嬉しかったんだよ」
「嬉しい?」
「好きな子が自分の言動一つで表情を変えてくれることは嬉しいことだろう?」

 さも当然というように赤司くんは微笑して、するりと私の手と彼のそれを絡めた。彼と一緒に帰るとき、最近はよくこうして手を繋ぐようになった。私たちにそれ以上の触れ合いはないけれど、赤司くんは指を絡め合って、そしてそれは嬉しそうに笑うものだから、私も嬉しくなってしまうのだ。

「赤司くんのせいかどうかは分からないけど、でも赤司くん以外と一緒にいてもこうはならないよ」
「……本当に、きみには敵わないな」
「その言葉、そのままお返しします」

 そして互いに見つめ合って、勢いよく吹き出した。
 普段は大人びていて、とても落ち着いている赤司くんが、私と一緒にいると年相応の表情で笑ってくれる。それが凄く嬉しくて、もっとその顔を見たいなと欲張りにも思ってしまう。

「そういえば、ハロウィンパーティってどこでやるの?」
「あぁ、緑間の家がそれなりに広いからね。彼の家でやることになったよ」
「緑間くんかぁ。全然話したことないんだけど、ちょっと気難しそうだよね。勝手なイメージだけど、話が合わなかったらどうしよう」
「緑間は確かに気難しい性格だが、その実、人のことをよく見ているし、しっかりと他人を正しく評価できる男だ。心配ないよ」
「流石、評価が高いんだね」
「まぁ、中学時代は共に部を率いた身であるし、実際過ごした時間が1番長いのは緑間だと思う」
「やっぱり中学のときとあまり変わらないの?」
「いや、……変わったよ、みんな」

 緑間も、他のみんなも。オレも。
 きっとその言葉のあとには、この言葉が続いたんだと思う。

「緑間にあんなにも相性のいい相棒が見つかるとは思わなかった」
「高尾くん、だっけ? すごいよね、あの2人。特に空中で3Pシュートする技は本当にびっくりした!!」
「あぁ、あれは当時のオレも驚いたよ。緑間が確信がないシュートを打つなんて思いもしなかったから、想定外すぎて対応が遅れた。だが、今になって考えてみると、それほど緑間は高尾のことを信頼していたのだろうな」

 そう言って瞳を細める彼は何を思っているのだろうか。中学時代の右腕に相棒ができて、少し寂しく思っているのだろうか。そんなことは結局は私には分からないけれど。

「でも、赤司くんもジャバウォック戦のときにやっていたでしょ?」
「あぁ、懐かしいな。そんなこともあった」
「あれにも私驚いたよ。まさか赤司くんともできるなんて」
「これでも一応、中学時代は3年間共に戦った仲間だからね」

 でも、高尾には負けるよ。
 赤司くんはそう言うけれど、私は赤司くんだってすごいと思う。中学ぶりにキセキの世代の彼らと共に戦って、そこであんな大技を決めてしまうなんて。
 一年ちょっと前のことだけれど、今でも鮮明に覚えている出来事の一つだ。
 中学時代のことやジャバウォック戦のことを思い出しているのか、赤司くんはどこか遠くを見つめながら懐かしそうに微笑んでいる。

「まだ気が早いかもしれないけど、ウィンターカップも楽しみだね」
「いや、あと2ヶ月くらいだから気が早いなんてこともないだろう」

 ウィンターカップは12月に行われる。今は10月。ここから練習はさらにハードなものになっていく。
 特に私たち3年生は高校最後の試合だ。勝っても負けても、悔いのないように、マネージャーである私もしっかりとサポートをしていこうと意気込む。
 12月にある大会の話をしていて、私はふと高校3年生が避けては通れない道を思い出す。正直、出来れば思い出したくないことなのだが、現実逃避はできないものである。

「そういえば赤司くんは大学入試は推薦なの?」
「いや、東英大の経営学部を一般で受けるつもりだ」
「東英大……」

 東英大といえば、日本最高峰の国立大学だ。受験倍率は凄まじいと聞いている。そこを受けるなんて、流石赤司くんとしか言いようがない。

は?」
「え、私?」
「あぁ。夏頃はまだ悩んでいると言っていただろう」
「あー、うん。結局、早華大の法学部を受けようと思う」
「早大の法学部か。私立だと最高峰だと言って過言じゃないね」

 早華大は日本有数の名門私立大学の一つで、こちらもまた受験倍率が非常に高い。必死で勉強はしているものの、正直合格する可能性は半々といったところだ。

「いや、東英大には負けます」
「なら東英の法学部に来るかい?」
「絶対無理だよ……」

 東英大の法学部こそ、日本の大学における文系学科のトップといっても過言ではない。いくらそこそこ勉強ができて、赤司くんに勉強を見てもらうようになってからは学年2位を取っているとはいえ、その挑戦は少し難しい。
 そう答えると赤司くんは少し残念そうに笑う。

「まぁ、オレも合格できるように勉強していかないといけないからね」
「応援してるよ。お互い頑張ろうね」
「あぁ」

 そんな何気無い会話を続けているうちに、私たち2人は私の家へと辿り着く。
 赤司くんからスクールバッグを渡されて受け取ると、バッグ一杯に詰まったテキストの重さが腕にのしかかった。この重さのバッグを平然と持って歩いていた赤司くんは、やはり男の人なのだなと実感する。顔の造形はどちらかと言うと童顔で年齢より幼く見えるし、中性的な顔立ちはその辺の女性たちよりも美しい。身長はバスケをやっている人の中では小さい分類に入るものの、それでも私よりは全然高くて、私はいつも彼を見上げている。
 普段話しているときは実感できない、赤司くんの中の男という部分に私はどうしても慣れることができなくて、内心どきどきしてしまう。赤司くんのまっすぐな瞳なら、私のこの心のうちも見透かされてしまいそうだ。

「また明日。ハロウィンのことについては、また連絡するよ」
「ここまでありがとう、赤司くん。ゆっくり休んでね」
「あぁ、おやすみ」
「おやすみなさい」

 私の家の玄関前ではいつもこのようなやりとりが行われる。そして、彼は私がしっかりと家の中に入るまでその場から動こうとしない。だから、今日も私はドアの隙間から手を振って、またねと口の中だけで言葉にしながらそのドアをそっと閉めたのだった。



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Title By エソラゴト。