ドリーム小説


の味のキスをちょうだい

 たとえばの話であるが、もし私が何らかの理由で敵に操られた場合、神威は躊躇なく私を殺すだろう。
 私が彼にその刃を向けても、向けなくても、神威は私にその拳を振るうだろう。
 それが、ずっと神威から惜しげもなく与えられてきた彼の愛なのだから。


     ***



「あり? 、今日は早起きだね」

 いつもは何度起こしても起きてこないのに。
 ベッドから起き上がった神威の言葉の続きはきっとこんな感じだろう。
 神威は下はズボンを履いているものの、上半身は鍛え抜かれたその体が無防備に晒されている。いつも私を引き寄せる腕がぐっと上に伸ばされた。

「神威のせいでね」
「ん、俺なにかしたっけ?」

 私は普段寝起きが非常に悪い。
 どのくらい悪いかというと、神威の軽い拳──めちゃくちゃ力を抜いてもらっている──を食らっても起きないくらいである。
 そんな私が何故、早起きをしているのかという理由の答えを導き出すには去年の今日に遡る。

「去年のハロウィンを思い出してみてよ……」
「ハロウィン? なんだっけ」
「……お菓子くれなきゃ悪戯するぞー、のやつ」
「あぁ! あれは楽しかったね」
「……楽しかったのは神威だけだよ」

 去年のハロウィンのことを思い出している神威はそれはそれは楽しそうに満面の笑みを浮かべて、体を左右に軽く揺らした。それに合わせて、彼特有のアホ毛がぴょこぴょこ跳ねている。

は楽しくなかったの?」

 神威は本当に訳がわからないというように首をかしげる。そりゃあこちらが大変だった理由の原因の人は分からないでしょうよ。
 去年のハロウィン。私はお世話になっている春雨第八師団の戦艦内でお菓子を配り歩いていた。それは地球ではハロウィンというお菓子を貰えるイベントがあるということを、夜兎の団員たちに伝えてしまったことが発端である。
 正確には、ハロウィンで無条件にお菓子を貰えるのは子供だけだ。少なくとも私はそう認識している。しかし大の大人である団員たちはそれを盛大に勘違いし、私にお菓子を催促してきたのだ。ハロウィンのことを伝えたのは失敗だったかと気付いたときにはもうすでに時遅し。故に仕方なく地球から取り寄せたお菓子を彼らに配った。地球のお菓子は夜兎たちには新鮮なようで、随分と人気が高かったような気がする。
 当然、食べることが大好きな神威もそれに加わってお菓子をねだった。しまいには私が他の団員へ渡したお菓子までも奪って口いっぱいに含んでいた気がするが、そこは割愛する。
 全団員に配るのはかなり大変で、一通り配り終えた頃には夕方になっていた。しかし今考えると、こんな苦労、まだマシの範疇に入るものであったのだ。
 神威はにこにこ笑っている。

「地球のお菓子美味しかったよね」

 問題はそのあとに起こる。
 私は彼らに一つだけハロウィンについて伝えなかったことがあった。
 それは【トリック・オア・トリート】のことだ。
 トリック・オア・トリート。言葉の通り、「お菓子くれなきゃ悪戯するぞ」の意である。
 ハロウィンは本来、子供たちがお化けや魔女に仮装して、近所の家に訪れ、お菓子をもらう異国の風習だと聞いている。そして子供たちに訪ねられた人がお菓子を持っていなかった場合、子供たちに悪戯されてしまうのだ。もちろん、子供たちの行う悪戯なのだから、それはとても可愛らしいものだ。体をくすぐったり、ちょっとしたものを隠したり。
 しかしそれが幼い子供でないとなると、とても恐ろしい悪戯になるのだと、私は去年実感したのだ。

「あ、でもそのあとも俺は楽しかったけど」
「……」
「あり? 、聞いてる?」

 私は団員の誰にも悪戯の件について伝えなかった。伝えなかったはずなのだ。
 それなのに神威はそれを知っていた。
 夜、就寝時間が近づいて、いつものように2人共有のベッドに入り込もうとしたとき。神威はそれを言った。
 「トリック・オア・トリート」、と。
 思わずびっくりして、彼の顔を凝視してしまった。そんな彼の顔はいかにも今の状況を楽しんでいますという表情で、私はしてやられたと思ったものだ。
 全団員に配り歩いたこともあって、もう私の手元にはお菓子は一切残っていなかった。いや、正確には自室に一つあるにはあるのだが、結局今は神威に押し倒されていて取りに行けない。
 それを伝えると、神威は知っているよと頷いた。別にお菓子が今欲しい訳じゃない、とも。
 そして、神威はその無邪気な笑顔をどこか艶のある怪しい微笑に変える。
 ──あぁ、終わった。
 そう思ったときにはもう神威の手は私の服にかかっていた。

「お菓子も美味しかったけど、そのあとのはもっと美味しかったよ?」

 神威は私を引っ張ると、その逞しい腕でベッドの中に囲い込んだ。軽く音を立てながら、髪、額、目元、鼻の先、頰、耳、首筋と順に唇を落としていく。くすぐったくて身をよじるも、がっしりと掴まれた体はびくともしない。

「私は次の日、大変だったんだけど」
「その日は俺が1日甘やかしてやったじゃないか」
「そういう問題じゃ、」
「あんなに嬉しそうにして、とろとろの笑顔してたくせに」
「うっ」

 その通りである。
 ハロウィンの翌日、私は紛れもない神威の手によって動かなくなった気怠い体に大きくため息をついた。そんな私を見て笑った彼は、その日、たっぷりと私を甘やかした。
 私の恋人である神威は、普段はさほど甘くない。
 どちらかというと、やはり夜兎の特性上いくらにこやかに笑っていてもどこか殺伐としているし、そもそも春雨の任務でこの戦艦自体にいないことも多い。恋人として触れ合う機会自体がなかなか得られない。
 戦艦内の同じ部屋にいても、夜兎である彼は強者との戦いを求めていて、それを発散させるように私を抱くことも多い。
 彼は行為中、決して私を傷つけることはない。でも彼の愛は大きすぎて、ただの人間である私が受け止めるには一苦労。彼が普通に私を愛しているつもりでも、私にはそれだけで負担になってしまうこともある。
 彼にとっての甘さが、私にとっての甘さになるわけではないのだ。ときには私への毒になることだってある。
 そんな彼が珍しく、去年のハロウィンの翌日は心底甘く私に触れてくれた。
 いつも私が狂うくらい情熱的に掻き抱くその腕は、まるで何かから守るように私の背に回された。いつも私を射殺すほど強く向けられる瞳は、目尻を下げてとろけるように見つめてきた。いつも私をぐちゃぐちゃにする口は、ただただ溢れるほどの愛を告げてきた。
 いつもと違いすぎて、逆にこちらが狂ってしまうのではと思ったほどに、あのときの神威は全てが甘かった。

「それで? 結局、どうして俺のせいで早起きしたの?」
「神威が私の手作りのお菓子は俺だけに渡せって言ったんでしょ」
「うん、でも早起きする必要はなくない?」
「……お詫びに来年のハロウィンは大量に手作りのお菓子を作れって言ったこと覚えてないの?」
「そういえばそうだったね」

 神威が綺麗な笑顔のまま怒っていた理由は、結局のところ、私が手作りのお菓子を他の団員にあげたからであった。人数分取り寄せたはずのお菓子が何故か一つ足りず──恐らくだが誰かが私の知らぬところで食べてしまったのだろう──、神威用にといくつか作っていたお菓子を他の団員に手渡した。そしてそれを知った神威が機嫌を損ね、あのような行動に繋がったのである。
 全くとんだとばっちりだ。でも、神威は気怠げに彼の腕に抱かれた私を見つめて言ったのだ。

「お前のすべては俺のものだよ、

 あのときと同じ言葉を、神威はまた述べた。その瞳は熱く、どこか狂気的にも感じる。

「たとえお前であっても、勝手に誰かに渡すことは許さない」
「神威……」

 痛いくらい抱きしめられて、呼吸するのが苦しくなる。でも、それが心地よく感じてしまうくらいには、私は彼とずっと一緒にいるのだ。

「それがお前の持っているものでも、それ以外でも。もし誰かに渡すというのなら、その前に俺が殺してやる」
「……」
「俺が怖い?」
「怖くないよ」

 寧ろ彼に殺されるというのなら、本望だ。
 そもそも私は地球を拠点とする犯罪シンジゲートの一員で、任務中交戦を余儀なくされた春雨第八師団によって捕われた。
 私が捕虜となった理由は簡単で、私が春雨が狙っていたとあるものの情報を掴んでいたからである。そのため私だけが生かされて、それ以外の団員はまるで虫けらのように殺された。
 私だって情報を吐かせるだけ吐かせたら、神威の手によって殺されるはずだったのだ。それが何故か私の料理を口にして気に入った彼の気まぐれで生かされ、気付いたら神威専属の料理人のようなものになっていた。
 いつか殺してやろうと思っていた。歯が立たなくても、せめて一矢報いてやりたかった。無慈悲に殺されたかつての仲間たちのためにも。
 それなのに知らずのうちに神威に絆されていた。
 めちゃくちゃに強いくせに、どこか誰よりも危なっかしい人。目を離せば自分から死へと向かっていってしまうから、どうにか”ここ”に留まらせなければと思った。
 結局復讐を誓っていた私の心は容易に折れ、暫く経つと私は神威の恋人となった。

「私は死ぬならあなたに殺されたい」

 私のすべては神威のもの。体も、心も、その他全て。それ以外はありえない。
 だから私がどこかの人質になったり、操られたりしたら。神威以外のものと成り下がったら。
 私は神威の手によって殺されるのだ。
 なんて幸福なことだろう。

は馬鹿だね」
「狂うくらいあなたに囚われているんだよ」

 でも、どうか最後に一つ、慈悲が欲しい。
 彼の恋人として、全て終えるために。
 だから、どうかそのときは。

「血の味のキスをちょうだい」



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Title By Honey Lovesong