ドリーム小説


それは私には

 私には2人の子供たちが存在する。
 長女は私に似た顔立ち──夫曰く穏やかで優しい顔立ちらしい──で、だがそんな顔の作りに似合わず、性格は夫に似て強気な子だ。長男は夫に似た端正で凛々しい顔立ちで、その反対に性格は私に似て引っ込み思案な子であった。
 そんな6歳の娘と4歳の息子は元気な盛りで、私と夫はめまぐるしい毎日を過ごしている。

 そんな子供たちの父親で、私の自慢の夫が、虹村修造である。



 それぞれ私が娘を、修造さんが息子をお風呂に入れ、子供たちはすでに深い眠りについた。私がソファに座ってテレビを見ていると、自室で仕事を片付けていた修造さんがどさりと音を立てて隣に座ってきた。肩を抱かれ、引き寄せられる。バスケをやっていた体は今でも日常的なトレーニングの影響で引き締まっている。その硬い胸板に顔を埋めると、ボディソープのいい香りが漂ってきた。

「どうしたんですか? 修造さん」
「んー?」

 自分からこちらを呼んだくせに、虹村さんは私の頭のてっぺんに鼻先を埋めてぐりぐりとし続けるだけだ。

「修造さん?」

 再び名前を呼ぶも、やはり彼はそのままだった。これは甘えられているのだろうか。
 修造さんは普段、人に甘えることよりも人を甘やかすことの方に重きを置く。それはやっぱり彼が妹と弟を持つ、生粋の兄であるということに起因するのだろう。私には兄弟がいないから修造さんと一緒になるまで少し年の離れた人に甘えるということがよく分からなかったが、彼と付き合うようになってとことん甘やかされて、いつの間にか彼に甘えることが当然となっていた。
 仕事に疲れたら頭を撫でてくれる。子育てに疲れたらぎゅうと抱きしめてくれる。家事に疲れたら何も言わずに手伝ってくれて、そのあと甘い言葉をくれる。
 甘やかし上手な修造さんのことが好きだ。
 でも、たまには私に甘えてほしいと思う。
 きっと彼は兄だからこそ、そして病気で大変だった父の代わりとして一家を支えてきたからこそ、甘えることが苦手なのだ。
 だけど、そんな彼にこそ甘えてほしい。誰にも甘えることをしようとしない修造さんが、私にだけ甘えてくれたら、それはきっと特別な証だ。
 だからこうやって明らかに甘えていますという態度を取られて、思わず私は口元に笑みを浮かべた。するとそんな私に気がついたのか、修造さんはこちらを覗き込んでくる。

「どうした?」
「んーん、なんでもないですよー」

 それでもふふ、と、声が漏れてしまって、修造さんは怪訝そうに首をかしげる。

「なんだ、それ」
「気にしないでください」

 そのまま彼の頭を抱え込むように抱きしめる。そんな私の行動に驚いた修造さんは、でもすぐにまた甘えるようにこちらに頭を預けた。

「そーいや、あいつら今日幼稚園でハロウィンパーティしたらしいぜ」
「あ、私もお風呂のときに聞きました。あとお菓子もらいましたよ、ちょっと私には甘すぎましたけど」
「お前、案外甘いの苦手だもんな」

 私はテーブルに置いてある、娘と息子からもらっったお菓子を目で示す。
 私と共にお風呂に浸かった娘は、とても楽しそうにその話をしてくれた。
 今日はまだハロウィンではないが、すぐあとの休日にハロウィンというイベントが控えている。10代、20代の若者にとっては、それは街中に出て仮装をするイベントなのだろうが、まだ幼い子供たちにとってはハロウィンはただお菓子がもらえるという位置付けのイベントになる。
 例に漏れず、娘たちが通う幼稚園でもハロウィンパーティをしたようで、そこでは先生たちによって訪ねてきた子供たちへお菓子が配られたそうだ。
 ちなみに息子は仮装に興味がなかったらしいが、娘は興味を持ったらしく、先生たちが持ち寄った仮装セットを使って仮装を楽しんだらしい。

「あの子は魔女の仮装をしたそうですよ」
「え、まじで!? 何それ、見たかった!」

 可愛い盛りの娘にデレデレの修造さんはパッと身を起こすと、「俺も仮装セット買ってきて着せようかな」なんてぶつぶつ呟いている。

「きっと可愛かったでしょうね」
「当然だろ、俺との娘だぞ」

 大真面目に言ってのける修造さんは平然としている。それが当然と信じて疑わない瞳だ。そんな目で見つめられると、照れてしまうのでやめてほしい。それを直接言うと、口元をにやりと上げてさらに真正面の至近距離から見つめてくるに違いないので、口には絶対に出さないが。
 だから代わりに言ってやるのだ。

「なんたって格好いい修造さんの子供ですから」

 すると私が珍しく張り合ってきたことに驚いた修造さんは、ぽかんと目を丸くしている。綺麗な灰色がよく見えて、私はくすりと笑いを漏らした。
 彼は笑って、ぐしゃぐしゃと私の頭を整えた髪ごと撫で回す。せっかく梳かした髪がぼさぼさになってしまうから、前にもやめてと言ったことがあったのに。でも実はそんなに嫌じゃなくて、無意識的に頭をその手に擦り寄せて、もっともっととねだってしまう。

「髪ぼさぼさになっちゃいます」
「いいだろー、少しくらい」
「少しどころじゃないです」

 ほらこんなにぼさぼさ。そう言って乱れた髪をつまんでみせる。
 頬を膨らませて抗議の意を示してみせると、修造さんは吹き出して、私をそっと抱き寄せると優しい手つきで髪を梳き始めた。機嫌をとるようにときどき髪にキスを落とされる。それでも私はぷいっと顔を背けたままにした。

「機嫌直せよー、お姫様」
「別に悪くないです。それとお姫様じゃないです」
「嘘つけ、こんなに可愛く頬膨らませてるくせに」

 人差し指で膨らんだ私の頬を控えめに押す。情けない音と共に空気が漏れた。その音に笑ったのか、それとも私の態度に笑ったのか分からないけれど、修造さんは私の髪を整えるとさらにきつく抱きしめてくる。
 苦しいなんて言ってみるけど、それは嘘だ。本当は心地よくてたまらない。ずっとそうしていてほしいと願うほどには。

「可愛くないです」
「可愛いよ、お前は」
「なんで修造さんはそうストレートなんですか」
「んー、俺の可愛い姫はちゃんと言葉にしてやらないと泣いちまうからな」

 そう言われて思い出したのは、まだ私たちが結婚する前。大学を卒業して、お互いが社会人1年目のときのこと。
 新入社員として互いに忙しく、そして慣れない業務に疲労が溜まっていった。顔を合わせるペースがだんだんと週一、週二、一ヶ月、三ヶ月と長くなり、気付けば最後にデートした日はいつだっただろうかと考えて、思い出せないくらいには当分彼に会っていなかった。
 もちろん、互いの気持ちが離れたわけじゃない。
 ただ疲れてしまっただけ。
 それでもまだ若かった私にとってはそれだけでも充分不安に陥る要素で、自暴自棄になってしまったのだ。
 長い間恋人に会えず、想いを交わせず。たったそれだけで私は修造さんの想いを疑ってしまった。
 そこからはもう悪循環。
 ただでさえ会えていなかったのに、私から彼に関わることを避けるようになった。最初は電話やメールで話を短く切ろうとする私を不思議に思いつつも何も言わなかった修造さんだが、それが続くとさすがにおかしいと感じたのか、私にその理由を問うようになっていった。
 そんな修造さんの気遣いさえも私は反故にして、私は彼から逃げた。
 しかしそんな私を捕まえたのも彼で。
 会社の忘年会の帰り、私の家の前で待っていた彼は力一杯私を抱きしめた。いくら夜だからといって、そこは人が普通に通る路上で。でもそんなこと気にする余裕はどちらにもなかった。
 溜め込んでいたものが、涙とともに全て溢れ出した。顔をぐしゃぐしゃにしながら泣きじゃくって、修造さんの着ていた服をびしょびしょにしてしまった記憶がある。
 それでも修造さんは私を抱きしめ続けて、優しく私を後頭部を撫でて、背に回ったもう片方の手は崩れ落ちそうな私の体を力強く支えた。
 「ごめん」と、何も彼は悪くないのに謝罪の言葉を口にした。
 違うの。悪いのは私。勝手に不安になって、彼を傷つけたのは私。
 そんな言葉は呼吸ごと噛み付いてきた修造さんの唇に奪われた。
 そこからの流れはもう簡単で。がちゃがちゃと音を立てながらアパートのドアを開けて、閉めた瞬間にそのドアに押し付けられ、全てを喰らい尽くすような荒々しい口づけが交された。何度も何度も角度を変えて、ようやく離れた2人の間には銀色の糸が繋がっていた。寝室に連れていかれ、そのあとは全てを修造さんに預けた。
 彼は行為中、ずっと泣き続けていた私を優しく抱きしめて、こぼれ落ちる涙を舐めとって、目元に優しくキスを落としてくれた。「好きだ」と伝え続けてくれた。それは行為が終わって、くたくたになってしまった私を修造さんが清めてくれ、彼の腕の中に収まったあともずっとだった。
 そう。本当にずっと、だ。
 あれからずっと、修造さんは私に好きだと言い続けてくれている。

「泣いてないです」
「泣いてただろ、俺のせいで」
「あなたのせいじゃないです」
「……じゃあ、互いのせいにしましょう」
「ったく、素直じゃねーな」

 そう喉の奥で笑って、前髪にキスが落とされる。

「好きだ」
「私も好きです」
「大好きだ」

 好きで好きでたまらないのだと。その想いが伝わってくるほどの甘い瞳。

「愛してる、

 甘く、甘く、とても甘く、甘すぎるほど甘く。そして、甘い。
 それはきっともらったお菓子よりも甘いのだ。



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