ドリーム小説


ーティはこれから

「肩を借りてしまってすまない、
「ううん、気にしないでよ。疲れてたんでしょ?」

 結局、赤司くんは新幹線内で深い眠りについて、東京に着くまでその瞳を開けることはなかった。東京に着いてから彼の肩を軽く揺すって起こすと、赤司くんは自分が人目のあるところで眠ったことに驚いたようで瞳を丸くしていた。

「もう動ける? 大丈夫?」
「あぁ、平気だ。みんなを待たせるのも悪いし、急ごうか」
「うん!」

 新幹線から降りて、私たちは緑間くんの自宅へと向かう。
 その間、私と赤司くんの手は優しく絡められていた。


     ***



「やあ、久しぶりだね。緑間」
「久しぶりなのだよ、赤司」

 緑間くんの自宅のインターホンを押すと、すぐに少し疲れたような表情をした緑間くんが出てきた。赤司くんの言葉を受けて少し口元に笑みを浮かべた緑間くんに気付いて、この2人が本当に親しいことを悟る。
 緑間くんは赤司くんの後ろに立つ私に視線を移動させる。それに気付いた赤司くんが口を開いた。

「もうすでに知っているとは思うが、」
「あぁ、も久しぶりなのだよ」
「お、お久しぶりです!」

 緑間くんは頷くと、玄関を大きく開いて私たち2人を中に促す。
 リビングにはもうすでに到着していた黄瀬くん、青峰くん、紫原くん、黒子くん、桃井さんがいた。
 彼らはテレビの前に置いてある低めの丸型のガラス机を囲んで、カーペットがひかれた床に腰を下ろしている。その机にはすでにお菓子が沢山広げてあって、それを紫原くんが凄い勢いでぱくぱくと口に運んでいる。

「紫原! いい加減にするのだよ!!」
「え~、いいじゃ~ん。もう赤ちんも来たし」
「そういう問題ではないのだよ! そもそも、全員が集まるまで菓子は開けるなとあれほど言ったというのに」

 ぶつぶつと緑間くんは紫原くんを咎めている。それを他の面々は止めることなく、笑って見守っている。
 彼らの中学時代はこんな感じだったのだろうかと思い浮かべて、微笑ましく感じた。

「構わないよ、緑間」
「だが、赤司」
「紫原は秋田からわざわざやってきてくれたんだ。このくらいいいだろう」
「それはお前たちも同じだろう。全く、赤司は本当に紫原に甘いのだよ」
「お前は中学の頃からそう言っているね」

 とにかく2人も座るのだよ。
 緑間くんに言われて、私たちも彼らの輪の中に加わる。私の右隣には赤司くんが、左隣には桃井さんがやってきた。

ちゃん、久しぶり~。元気にしてた?」
「久しぶり、桃井さん。私は元気だよ、桃井さんは?」
「私も!」

 他のメンバーとも軽い挨拶を交わし、それぞれが持ち寄ったお菓子を開けて、何気ない会話を繰り返していく。
 黄瀬くんの新しく発売される写真集の話。緑間くんのおは朝ラッキーアイテムの話。青峰くんが今まで履いていたシューズのサイズが合わなくなり、その上のサイズが専門店でもなかなか見つからなかった話。紫原くんの期間限定お菓子の話。黒子くんは相変わらず影が薄くて、いまだにその影の薄さに慣れていない後輩たちを驚かせてしまう話やそれをフォローしてくれるという火神くんの話。桃井さんの料理が全然上達しなくて、毎回の如く犠牲になってしまう青峰くんの話。
 それら全て楽しくて、みんなも楽しそうに笑っている。隣に座っている赤司くんも口元に手の甲を当てて、上品に笑っていた。

「あ、そういえば赤ちん。京都限定のお菓子、買ってきてくれた?」
「あぁ、これのことかい」
「そう、それ~」

 赤司くんはバッグからお菓子を取り出すと、紫原くんに手渡す。そのパッケージは、……なんというかとてもエキセントリックで、それを見ていた黄瀬くんと緑間くんが顔を引きつらせる。

「え、それなんスか?」
「禍々しい色なのだよ、見ているだけで食欲がなくなる」
「え~? これネットじゃ凄く評判なんだよ~」

 ん~、と唸って、パッケージを勢いよく開ける。中身は案外普通で、黄瀬くんと緑間くんはホッと肩を下ろしていた。
 美味しそうにお菓子を食べ進めている紫原くんを見て興味が湧いてきたのか、青峰くんがそっと横から手を伸ばし、そのお菓子をつまもうとする。しかしそれに気付いた紫原くんがぎらりと目を光らせて、試合中でもなかなか見ない速度で青峰くんの手からお菓子を避難させた。

「ちょっと、峰ちん、これ俺のだから」
「はあ!? ちょっとくらいいいじゃねぇか!」
「絶対だめ」
「なんだよ!」
「青峰くん、うるさいです。頭に響きます」

 青峰くんの隣に座っていた黒子くんが迷惑そうに表情を歪ませ、その両耳を両手でふさいだ。

「なんだと、テツ!」
「何も聞こえません」
「おいぃ!!」

 ふいっと顔を背けた黒子くんの腕を掴んで、両耳から手を外そうと青峰くんが試みるも、桃井さんに叱られて諦めていた。赤司くんは「全く、青峰と黒子は相変わらずだな」と言って、呆れたようにしていた。そんな赤司くんを見て、緑間くんは大袈裟に咳払いをしたあと、その視線を真っ直ぐ赤司くんに向ける。

「ところで赤司。俺たちに何か話があると言っていなかったか」
「あぁ」

 きた。これが私が1番気にかけており、1番緊張していた理由だ。
 しかし赤司くんはそんな私の緊張を知ってか知らずか、淀みなくそれを言った。

「俺とだが、今年の6月に正式に婚約をした」

 その言葉に、今まで騒がしかった場が一気に静まる。
 面々の反応はそれぞれだった。
 ぽかんとした表情を浮かべる黄瀬くん。何処か赤司くんの言葉を予想していたのか、「やはりな」と口の中で呟いた緑間くん。「はあ!?」と今日一の大声をあげた青峰くん。ぱくぱくと淀みなく食べていたお菓子を喉に詰まらせたのか、ごほごほと咳き込む紫原くん。相変わらずの分かりにくい表情ではあるが、それでも驚きが伝わってきた黒子くん。「きゃっ」と少し興奮したように声をあげて、口元に手を当てた桃井さん。
 皆反応は違うものの、一様に驚きの反応を見せた。赤司くんはそんなみんなの反応は気にしていないのか、すらすらと続けていく。

「まだ関係者には発表していなくて、オレの誕生日のあとに伝えるつもりだ。だがお前たちには先に言っておこうと思った」

 そう言って私の手に己の手を重ねて、指を絡めてくる赤司くん。その様子を見ていた面々は最初は驚きの表情を浮かべていたものの、すぐに自分を取り戻していく。緑間くんが眼鏡のブリッジをぐいっとあげた。

「いきなりではあるが、まぁおめでとうなのだよ」

 緑間くんのその言葉を皮切りに、皆口々に祝福の言葉を述べる。桃井さんには赤司くんと手を繋いでいた手とは反対の手をがしりと取られて、ぶんぶんと勢いよく上下に振られた。口調だけで彼女が興奮していることが伝わってくる。

「おめでとう、ちゃん!」
「あ、ありがとう、桃井さん」

 予想以上にキセキの世代のみんながすんなりと赤司くんの言葉を受け止めてしまったため、私の方がぽかんとしてしまっている。そんな私に気付いた赤司くんが私の顔を覗き込んできて、視線が合うと、ふっと笑った。こうなることはすべて分かっていたようなその表情に、思わず私は頰を膨らませる。

「すべては赤司くんの手の内ってこと?」
「まあ、そういうことになるかな」
「……私はずっとどきどきしてたのに」

 そう、私は緊張していたのだ。
 私よりもよっぽど赤司くんと付き合いが長く、彼のことを沢山知っているだろう中学時代の友人たちに認めてもらえるかどうか。キセキの世代たちは皆一筋縄ではいかない曲者たちばかりだから、お前なんかが赤司くんに見合うはずもないなんて言われてしまう可能性だって十分あるはずで、その可能性も私の頭の中にはあったのだ。おかげで昨日の夜は全然寝付けなくて、正直寝不足だ。新幹線の中でも隣に赤司くんがいて、ずっと緊張しっぱなしで、結局寝ることはできなかった。
 しかし彼らは私の予想とは違う反応を見せたため、混乱中なのだ。

「彼らが反対すると思ったか?」
「……うん」
「そんなわけないよ。彼らはオレのことをよく分かってくれている」
「……」
「何も心配ないのに」
「それ、前もって言ってほしかったな」
「はは、緊張してるも可愛かったから思わず」

 私の髪を優しく撫で、真紅の瞳を細める赤司くん。その手つきが心地よくて、思わず目を閉じた。しかし沢山の視線を感じて、ぱっと目を開け、視線を周囲に移動させる。

「あ……」

 そんな私たちの様子を見ていた面々が、珍しいものを見たというような表情を浮かべている。そこで私はキセキの世代の面々の前だということを思い出す。バッと音がするくらい勢いよく赤司くんから体を離すと、彼は少し残念そうに眉を下げた。普段は冷たい印象を受ける美しい顔を持つ赤司くんの、あまり見ない表情を可愛いと感じたのも一瞬で、顔に熱が集まるのを感じた。

「随分とお熱いこった」

 青峰くんの言葉に頷いた黄瀬くんが「赤司っちでもそんな顔するんスね~」と笑っている。
 私にとっては笑いごとではないのに。

「時と場所を考えるのだよっ、赤司」
「人前でいちゃつくのはどうかと思います」
「え~、どうでもいいし~」

 何故か私以上に慌てている緑間くんに、冷静に指摘する黒子くん。紫原くんは既にいつものペースだ。
 こういうことに1番反応しそうな桃井さんはもうここに思考がないのか、何処かぼーっとしている。それを指摘すると、青峰くんが「勝手に興奮してるだけだから、ほっとけ」と軽く言った。大丈夫だろうか。

「そうだな、気をつけるとしよう。だがオレもお前たちに彼女を紹介できて浮かれているんだ。少し大目に見てくれ」
「お前が浮かれるとは、珍しいこともあるものだな」

 赤司くんと付き合いが深い緑間くんは驚きつつも、少し安心したように笑った。もしかしたら仲のいい赤司くんの、年相応の態度にほっとしているのかもしれない。
 赤司くんは年に似合わない大人っぽさをもっていて、同級生からはどこか特別に思われる節がある。そんな赤司くんの年相応の態度は、昔から付き合いのある人にとっては珍しく、そして彼がちゃんと年相応の反応ができることに安心するのだろう。

「あぁ。オレだって好きな人を大事な仲間たちに紹介できたら、浮かれてしまうものだよ」

 好きな人。
 赤司くんはいつもストレートに私への想いを告げる。それが彼の大事な仲間に対しても同じように行われて、やっと顔の熱が冷めてきたと思っていたのに、そのせいでまた赤くなってしまった。
 あぁ、でも私は、赤司くんにとって大事な仲間である彼らに紹介してもらえるほどに。
 ──赤司くんから大切にしてもらっているんだ。
 それを改めて実感して、口角が上がったのを感じた。

「……そうか」

 赤司くんの言葉に、緑間くんの目尻が下がる。緑間くんと視線が合い、無意識のうちに背筋が伸びた。

。赤司の相手は大変だとは思うが、どうかこれから赤司のことを頼む」
「え!? は、はいっ!」

 まさか緑間くんからそんなことを言われるとは思っていなかったため、驚きのあまり声が裏返った。赤司くんはそんな私の隣でくすくすと笑っている。

「緑間、お前はオレの母親かい?」
「似たようなもんだろ」

 答えたのは緑間くんではなく、青峰くんだった。その言葉を聞いた赤司くんは「そうか」と反論することなく、それどころか「あながち間違っていないかもね」とも口にした。それを聞いた緑間くんは「そんなわけないのだよ!」なんて叫んでいたけれど。

「さあ、オレの話はもう終わりだ。まだ時間はある。まだまだパーティを楽しもうか」



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Title By エソラゴト。