ドラキュラと狼
「おや、嬢ちゃん。それは仮装かえ?」穏やかな声が後ろから掛けられる。振り向くと、この時期じゃなくても一年中自身のことを吸血鬼と宣う朔間零がこちらに向かって歩いてきていた。
今日はハロウィン。学院ではここぞとばかりにハロウィンイベントを開催しており、はそのまとめ役として大忙しである。
そしてそんな大忙しであるに負けないほど忙しいであろう人気アイドル・朔間零が、何故学院にいるのか。朔間零は今年の3月に卒業しており、今はUNDEADの二枚看板で相棒である羽風薫と共に、来年遅れて卒業する後輩2人のために芸能界で地道に活動しているのだが。
そんなの疑問を読み取ったかのように、零は淀みなく答えた。
「実は晃牙から招待状をもらってのう。薫くんと共に遊びに来たというわけじゃ」
なるほど。それならば納得である。
零の後輩である晃牙は口は悪いものの、零のことを慕っており、そんな彼が零を誘うことも当然であろう。
「羽風先輩は?」
「薫くんは気付いたらどこかに行ってしまっていてのう。まぁ、あやつももうしっかりとアイドルとしての自覚を持っておる。心配なかろう」
羽風薫は去年までは女の子たちを追いかけてばかりいて、その被害は自身も被った。だが、現在は改心しており、相変わらず女の子のことは好きだが、スキャンダルになるようなことはしないだろうと零は言う。
「して、嬢ちゃん。先程も尋ねたが、それは仮装かえ?」
「え? は、はい。お前も着ろと渡されてしまって」
が現在身にまとっている衣装は、狼をモチーフとしたものだ。もふもふの耳をあしらったカチューシャや尻尾付きのスカートを着ている。
そんなを見て、零は深く笑った。
「狼さんかえ? それは晃牙の特権じゃったのにのう」
「朔間先輩、ずっとわんこって呼んでいたじゃないですか」
「おや、そうだったかのう」
我輩年寄りじゃから忘れてしまったぞい。
絶対に覚えているはずだが深く言及する気はなかった。正直としては当分会えないと聞いていたので、こうして学院内で会えたことが嬉しいのだ。元からポーカーフェイスのため、それは表情には出ないのだが。
「にしても、可愛らしい狼さんじゃのう」
「似合いませんよね」
「いや、よく似合っておるよ」
我輩の好みじゃなんて平然と言ってのける。
「先輩、今日は仕事は?」
「もう終わったぞい。昼頃に薫くんとハロウィンのイベントに出ておった」
「UNDEADにぴったりですね」
「そうじゃのう。我輩たちはなんたって夜闇の魔物じゃから」
ぱちんと器用に片目を瞑ってウインクをしてみせる零にどきりとしつつ、はいつも通りに聞き返した。
「見て回らないんですか?」
「そうじゃのう。晃牙とアドニスくんのステージにはまだ時間があるからどこか見てみようかと思っておるよ」
すると綺麗な真紅の瞳がこちらを捉え、零はゆっくりとに近づいた。
「可愛らしい狼さんと一緒に回りたいのう」
「……駄目ですよ」
「おや、どうしてじゃ?」
「まだ仕事がありますし、それに……」
いくら学院内だからといって、零はアイドルである。今学院はイベントに合わせて一般開放している。そこに芸能記者が紛れ込んでいる可能性もある。
もしも零と共に歩いているところを撮られて、面白おかしく書かれてしまったら、こちらとしては為す術もない。
それに零に迷惑をかけるわけにはいかない。
その旨を零に伝えようとすると、彼はそれもお見通しなのか、首を振ってこちらの言葉を遮った。その瞳には少し困ったような色がのっている。
「少しくらい大丈夫じゃよ」
「でも、」
「ただ一緒に構内を見て回るだけじゃ。何とでも言える」
そこには何もない。
彼が言う”そこ”には、本当は色んなものが存在している。でも、彼はそれを隠すのがとても上手い。自身、それに何度も守ってもらった。
「ほれ、嬢ちゃん。吸血鬼と共に夜の街へ躍り出ようぞ」
「……ふふ、わかりました」
でも、まだ夜じゃないですよ。おや、そこは乗ってくれても良かろうに。
そんな軽口を叩き合いながら、2人は歩き出した。
何処に行くかはまだ決めていない。
それはまるで2人の想いと同じように。
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