ドリーム小説

寒いのは冬のせい

12月23日。ウィンターカップが開催され、赤司くんたちキセキの世代の高校生活最後の大会が幕を開ける。勝っても負けても、これが本当の最後。部員たちは出来ることは全てしたし、私たちマネージャーも出来る限りのサポートをする。全部員たちの力で、私たちは勝ちに来たのだ。
 私たち洛山は京都の学校のため、前日には現地のホテルに向かっていた。当日の朝、私は赤司くんに呼ばれて、他の部員よりも早くホテルの部屋を出ていた。非常に早い時刻のため、外を出歩いている人の姿は見えない。そんな状況に私は少しほっとする。こんな早い時間に赤司くんとこっそり会っているなんてまるで密会みたいで、何も悪いことはしていないのに悪いことをしている気分になる。だから人に見つからないであろうこの状況は非常にありがたかった。



 赤司くんはどこにいるだろうとキョロキョロ辺りを見回していると名前を呼ばれた。声がした方を向くと赤司くんが私を手招きしていて、私は小走りに駆け寄る。私は赤司くんが巻いているマフラーを見て思わず顔を緩ませた。

「おはよう、赤司くん」
「おはよう」
「…………」
「どうかしたか?」
「えっ、いや、えっと……」

 思わずまじまじと彼のマフラー姿を見つめていると、そんな私を不思議に思った赤司くんが首を傾げた。そんな彼からそっと目を逸らしながらも、私は口を開く。

「マフラー、使ってくれてるんだと思って」
「あぁ、これか」

 赤司くんはそっと片手をマフラーに触れさせた。口元を緩ませた、その穏やかな表情にどきりとする。

がプレゼントしてくれたんだ、当然だろう?」


     ***



 赤司くんの誕生日。彼の家に招かれた私は、赤司くんの知らない一面に触れた。ずっと強く、正しいと思っていた赤司くんにも不安なことがあるのだと知った。人の上に、先頭に立つ帝王としての姿ではなく、見えない未来を不安に思うただの人間の姿を見た。
 揺らぐ赤い瞳に、人間らしさを感じた。

「……ありがとう」

 私を抱きしめた赤司くんの掠れた言葉。いつも凛とした言葉しか口にしない赤司くんからは想像できない姿だった。
 でも、私たちはこれから一緒に生きていくのだ。どんなときも、一緒に。
 だから、これからはもっとそんな姿を見せてほしいと思った。

「すまない、情けない姿を見せた」

 私から体を離した赤司くんは眉を下げる。私はそんな赤司くんを見てかぶりを振った。

「ううん、そんなことないよ」
「だが、」
「赤司くん、言ったでしょう? 私たちはこれから一緒に生きていくんだよ。だから、赤司くんの弱い姿を見せて」

 きっと赤司くんのことを知るほとんどの人たちは、彼がとても強い人間だと思っている。それは実際正しいし、赤司くんは強いところしか他人に見せない。
 それでもこれから一緒に生きていく私には弱さも見せてほしい。他の人には見せることが出来なくても、私にだけは教えてほしい。赤司くんはこれからもっと多くの人々の上に立つ人間だ。そんな中、誰にも弱みを見せることが出来ない状況で、私にだけは見せてほしい。私のそばにいるときだけは弱い人間でいてほしい。
 私が赤司くんより優秀な部分はきっとないだろう。だからこそ私がこの人にできるのは、穏やかな時間を与えることだけだ。

「情けない姿もたくさん見せて。辛くなったら辛いって言って」
「……オレは、そういうのは苦手なんだ」
「知ってるよ。だから少しずつ弱さを見せることに慣れてほしいの」

 他人に弱さを見せることは怖い。それは人間であればみんなそうだ。赤司くんだけじゃない。だから、それは恥ずかしいことじゃないんだ。それをどうか分かってほしかった。

「私は頼りないけど、頼ってほしい」
「…………」
「だめ、かな……」

 黙ってしまった赤司くんに、随分と図々しいことを言ってしまったかもしれないと不安になる。今年婚約が決まったばかりなのだ。少し踏み込みすぎてしまったかもしれないと顔を俯かせると、肩に少しの重みに目を見開く。それは赤司くんが私の肩に頭を預けた重みだった。

「あ、かし、くん……?」

 先ほど抱きしめられたときより触れ合っている面は少ないのに、何故かあのとき以上に心臓がばくばくと動いた。行き場のない手が、宙を彷徨う。

「参ったな……」

 その言葉は、ぽつりと、本当に漏れ出たような声だった。

「オレは昔から他人に頼ることが苦手だ」
「……うん」
「頼ることは弱さと教えられたし、オレ自身も人に弱みを見せたくはなかった」
「…………」
「人の上に立つ人間として生まれた以上、誰かに弱みを見せるわけにはいかなかったんだ」

 誰かに弱みを見せるわけにはいかない。その気持ちは私にも分かる気がする。私もいずれは親の会社を継ぐ人間として、幼少期から親による教育がなされた。その教育には人に頼るなという、幼い子供にとっては辛いものもあったのだ。きっと赤司くんは日本最大のグループを率いる人間として、私以上に帝王学を学ばされたはずだ。そんな彼が人を頼れなくなってしまったのも無理はない。

「……だが、そうだな。……の前なら、オレも弱さを見せることが出来るかもしれない」
「赤司くん……」
「これも惚れた弱みかな」

 最後は悪戯っぽく言ってみせた赤司くんだが、私にはそれが強がりだということが分かった。だからそっと彼の頭に手を回す。赤司くんの赤い髪をそっと梳いた。

「……少ししんみりとさせてしまったな」

 どのくらいそうしていたのか。私の肩から顔を上げた赤司くんが照れたようにはにかんだ。

「あ、あのね!」
「うん?」
「今日は赤司くんの誕生日でしょ? あとクリスマスも近いから、プレゼントを持ってきたんだけど……」

 私はバッグから綺麗に包装された二つのプレゼントを取り出すと赤司くんに手渡す。反射的にそれを受け取った赤司くんがぱちぱちと瞳を瞬かせた。

「誕生日おめでとう、赤司くん。あと、ちょっと早いけどメリークリスマス」
「……まさか二つも用意されているなんて思わなかったよ」

 赤司くんは嬉しそうにふっと微笑んだ。

「開けてもいいかい?」
「う、うん」

 赤司くんの指先が、プレゼントのリボンを摘む。すーっとリボンが解かれて、そこから取り出されたのはマフラーと手袋だった。
 プレゼントを見つめる赤司くんに耐えきれなくなって、私は慌てて口を開く。

「あ、あのね。本当は手作りしたかったんだけど、時間がなくて」
「…………」
「あと、やっぱり手作りは迷惑かなって……」

 言葉尻が弱くなる。手作りしようと思ったのは本当だ。思いついたときには赤司くんの誕生日まで日がなかったから諦めてしまったのだ。少し残念な気持ちもあったが、いきなり手作りは重いとも思っていたから何処かほっとした私もいた。
 赤司くんはプレゼントをじっと見つめたあと、こちらに視線を移動させてそれを紡いだ。

「オレはの手作りがよかったな」
「へっ!?」
「迷惑なんかじゃない」

 赤司くんの真っ直ぐの言葉。一体それを何度もらったことだろう。

「……迷惑じゃない?」
「あぁ」
「重くもない?」
「あぁ」
「……来年、でもいい?」
「楽しみにしてる」

 これは明日からでも使えるな。
 マフラーと手袋に触れてそう呟いた赤司くんに、今日からでも編み物の練習をしようと決心したのは言うまでもない。


     ***



「どう? 暖かい?」
「あぁ、とても」
「よかったぁ」

 ほっとしたのも束の間、ぶるりと体が寒さに震えた。それに目敏く気付いた赤司くんがこちらを覗き込む。

「寒いか?」
「ううん、へいき、……」
?」

 そこで私は少し欲張りになってしまった。私は制服の上から着ているコートのポケットに入れていた手をそっと外に出し、そして赤司くんのコートをくいっと引っ張った。

「やっぱり少し寒い、かも……」

 瞳を一度大きく見開いた赤司くんは、それでもすぐに微笑を浮かべて、私の手を絡め取って自分のコートのポケットに一緒に入れた。

「ならこうしていよう」
「……うん」

 寒さを冬のせいにして、私は赤司くんにそっと寄り添うのだった。

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