この熱は消えぬまま
「デート?」
12月の中旬。部活はウインターカップに向けて練習に熱が入っている。そんな中、赤司くんはWCの前にある唯一の部活休みの日にデートをしないかと帰り道に提案をしてきた。
デートと称して赤司くんと出掛けることは初めてではないし、そのお誘いはとても嬉しい。でも試合が迫り練習がハードになっている中、部活がない日は少しでも体を休めたほうがいいのではと私が問うと赤司くんは微笑んだ。
「せっかくWC前の唯一の休暇日なんだ。と一緒に出掛けたいと思うことは駄目かい?」
「そ、そんなことない!」
ぶんぶんと否定するように首を振ると、赤司くんはくすりとさらに笑う。
「じゃあ次の日曜、駅前に集合でいいか?」
「うん!」
赤司くんと二人で休日に出掛けるのは、ハロウィン以来だ。
あのときは東京に二人で行って、緑間くんの家で桃井さんや黒子くんを含めたキセキの世代たちとハロウィンパーティをした。最終的にはやはりと言うべきか、ストリートバスケに発展し、みんなは汗を流していた。
予約していたホテルで別々の部屋に宿泊し、その翌日は東京の街に二人で繰り出してデートをしたことを覚えている。あまりゲームセンターに行ったことがないという赤司くんを誘って、私たちはゲームセンターで遊びつくした。初めはその雰囲気に慣れないようで少し気にしていたようだが、赤司くんは初めてやるゲームも次々と攻略していき、その店の新記録を樹立しまくり、その景品として大きなぬいぐるみを店員さんから手渡されていた。ぬいぐるみと赤司くんという新鮮な組み合わせに思わず私の手はスマホを手に取り、カシャカシャとシャッターを切った。その写真は赤司くんにバレることなく、今も私のスマホの待受画面になっていることは秘密である。因みにそのぬいぐるみは私が大好きなキャラクターであったため、赤司くんが私にプレゼントしてくれた。とっても大きいそれは私が寝るときに使う抱き枕的存在となっているのだ。
ハロウィン以来の赤司くんとのお出掛けに、今から心がわくわくと高鳴ってくる。何を着て行こうか、どこに行こうか。
そんな私をずっと見つめていた赤司くんは私の髪を軽く掬って梳いた。
「赤司くん?」
「楽しみっていう顔をしてる。可愛いね」
「なっ、あかっ、」
「違うのか?」
こてんと首を傾げる赤司くんは絶妙にあざとい。正直、女子として何か負けた気がする。まあ、赤司くんに敵うなどとは思ってもいないけれど。
「あ、赤司くん。いつも言ってるけど、本当に心臓に悪いからそういうのやめて……」
「そういうの?」
「その、……可愛い、とか、好き、とか、言うの……」
「嫌かい?」
「い、いや、じゃないけど、」
「けど?」
「……恥ずかしいから」
「は恥ずかしがり屋だな。そんなところも可愛いよ」
「だからそういうところ!」
絶対に今のはわざとだ。私が声をあげると、赤司くんは耐えきれないというように笑う。やはりこの人はどこか私をからかって楽しんでいる節があるが、それが嫌じゃないのだから厄介なのだ。
「……赤司くん」
「なんだ?」
「デート、楽しみ」
「ああ、俺もだ」
私の言葉に嬉しそうに顔を緩ませると、赤司くんは私の頭を優しく撫でた。その手を心地よく感じながら、私は少し目を細める。
「私服のはさらに愛らしいからな。それも楽しみだ」
「そ、そんなことないよ。……赤司くんの私服姿はとっても素敵だけど」
「そうか? ありがとう」
「…………」
私ばかりが赤司くんの言葉に振り回されるのも嫌だからと同じように言い返してみるものの、彼はさらりとその言葉を受け止めてみせる。よくよく考えてみると、こんな言葉、赤司くんは言われ慣れているだろうから当然だ。こんなに格好良くて、紳士的で、運動もできて、勉強もできて、さらに家柄も完璧。褒め言葉なんて言っても言い足りないくらい素敵な人なのだから。
もしかして可愛いとか愛らしいと言い慣れているのはそのせいなのだろうか。きっと彼ならパーティとかで素敵な女性に会ったことだって数知れないだろう。そんな女性たちに微笑んで、その言葉を紡いでいたのだろうか。ふとそんなことを思いついてしまうと、もやもやとした気持ちが私を支配する。雨が降る前の真っ黒い雲みたいに心を覆いつくして、私を不安に陥れる。
その不安は随分と自分勝手なものだと思う。私はまだちゃんと彼に応えていないというのに、彼の過去に嫉妬しているのか。それともまだ伝えきれていないからこそ、早くしなければと焦っているのだろうか。
「?」
私は考えていることが表情に出やすい。だからきっとこの不安も表情に出ていたのだろう。赤司くんは足を止めると私に向き合った。
「」
「赤司くん? どうしたの?」
赤司くんは繋いでいた私の手をそっと持ち上げて、両の手で包み込んだ。何かから守るようなその行動に、私は首を傾げる。
「が何を考えているかオレには分からないが、そう不安になることはないよ」
包み込んだ私の手をそっと己の額に当てる。身を少し屈めた彼の額に当てられた私の手の甲に赤司くんの熱が移る。
赤司くんのその様はまるで神聖な儀式のようで、何者にも侵されない空間のように私たちはこの瞬間、この世界から一つ切り取られた。二人しかいないような感覚に包まれながら、私はただ目の前の赤司くんの赤い髪を見つめる。綺麗な赤。燃えるような激しい赤ではなくて、どこか優しさを感じられる赤。赤司くんに似合いの赤色。私の好きな色。
その体勢のまま、赤司くんは言葉を紡ぐ。
「好きだ、」
その言葉にぴくりと私の手が反応して動いた。手の甲から額を離した赤司くんは私の手を下ろしていき、片手でそっと自分の方に引き寄せる。何をするのだろうと疑問に思っていると赤司くんはちらりとこちらに視線をやり、そして流れるような動作で私の甲にキスを落とした。それはほんの一瞬で、彼はすぐに唇を離す。
「!?」
しかしそんな一瞬でも私にとってはあまりの出来事であり、びしりと体が硬直した。
まるで騎士が姫に忠誠を誓うような光景だった。姫の前に片膝を付けて跪いて、忠誠のキスを贈る騎士のようだった。赤司くんが王ではなく騎士に見えただなんて笑ってしまうけれど。それくらい先程の彼は異世界にいるように見えて、しかしそんなことは有り得ないからこそ、私の甲には彼の熱が残っている。
手の甲へのキスは敬愛の気持ちが込められているらしい。以前読んだ本に書いてあったのを思い出す。だから自分より位の高い人の手を恭しく持ち上げ、その甲にキスをするシーンが創作物に多いのだとか。同じように騎士や王子様がお姫様の前に跪いてキスを贈る行為にも、そこにはただ相手への異性愛があるだけでなく、相手への尊敬と愛おしく思う敬愛の気持ちがつまったキスでもあるのだ。
それをさらりとやってのける赤司くんはさすがというか、そもそもこんな行動が似合う現代人がそう簡単にいてたまるかと場違いにも思ってしまう。その考えはただの現実逃避なのだが。
「、オレを見て」
片手は繋いだまま、もう片方の手を私の頰に添えた。親指が目元をそっとなぞる。それがくすぐったくて、思わず身じろいだ。しかし赤司くんの手はそれを許さず、私たちの視線が交わる。
「急がなくていいと言ったろう? のペースで、ゆっくりでいいんだ」
「赤司くん……」
赤司くんは分からないと言ったけど、きっとこの人は私の不安に気付いているのだ。だからこうやって私を励ましてくれて、まだ待っていてくれる。
絶対に私を急かさない彼だからこそ、私は赤司くんに責められたかった。何故言ってくれないのだと。もうこれ以上待つことなどできないと。このままだとここから離れていくと。そう言ってほしいのに、彼はただ私を待っている。私が赤司くんに自ら近付こうとするそのときまで。
「赤司くん」
「うん?」
「もう少し、……もう少し待っててくれる?」
「あぁ、いつまでも待つよ」
どうしてそこまでこの人は私を待っていてくれるのだろう。私を想ってくれるその熱は一体どこまで残って、その火は一体どこまで燃え続けるのだろう。いつか熱はなくなり、燃え尽きて、灰になり風に飛ばされてはしまわないだろうか。
その不安を赤司くんは簡単に消してしまう。まるで魔法使いのようだ。
口元に微笑を浮かべて、彼は私の頰から手を離す。その微笑を見て、私はどこかそんなことを思っていた。
先程までのような虚ろな不安はない。やはりそこにも赤司くんの熱が残っていた。