ドリーム小説

きらめきに誘われて

デート当日。
 お気に入りの服を身にまとい、おろしたてのコートを羽織る。少しでも赤司くんに相応しくなれるよう、そしてそんな彼の隣に自信を持って立てるように。
 待ち合わせ場所である駅前に行くと赤司くんはすでにそこにいて、駅前に並列して作られた広場のベンチに座り、羽織ったコートのポケットに手を埋めていた。普段きっちりとしている人だから、ポケットに手を突っ込むという姿が新鮮に見える。にしても私は15分も前にここに着いたというのに、赤司くんは一体どのくらい前にここに来たのだろう。赤司くんの少し赤みが差した顔を見るに、今来たばかりということはないだろう。私はこれ以上待たせるわけにはいかないと、彼に小走りで近づいた。

「赤司くん!」

 こちらに気がついた赤司くんはポケットから手を出しながら立ち上がる。

「おはよう、
「おはようっ」

 はぁっと一息ついた私に赤司くんは微笑む。

「走ってこなくてもよかったんだぞ」
「で、でも赤司くんが見えたから」

 赤司くんは私の頭に手を伸ばして、走ったことにより乱れてしまった私の髪を整えてくれている。優しく髪を梳く手にどきどきしてしまう。
 でも、それ以上に目の前の赤司くんは随分と心臓に悪い。デートの度に思うことだが、いつも制服姿やユニフォーム姿に見慣れてしまっているせいか、私は赤司くんの私服姿に弱い。もちろんきっちりと着こなしている制服姿も怜悧な赤司くんに似合っているし、ユニフォーム姿の堂々とした赤司くんも好きだ。
 でも、私服はやはり別格の格好よさだ。普段見ることがないからこそ、その新鮮味がダブルパンチとなって私を襲う。それにきっと高校の女子生徒たちのほとんどは赤司くんの私服姿を見たことはないだろう。それを私が独り占めできるなんて、どれほど幸せなことだろうか。
 そんな中々見ることができない赤司くんのレアな姿に目を奪われていると、私の髪を整え終わった赤司くんの手が私の手に絡まる。所謂恋人繋ぎというやつである。

「行こうか」
「うん!」

 赤司くんに手を引かれなが歩き出す。
 赤司くんは確かにバスケ部の中では背が低く、体つきも薄い方だけど、やはり女子の私と比べるとしっかりとした肉体を持っている。つまり歩幅も私より大きいのだが、赤司くんは私に気遣ってゆっくりと歩いてくれている。そういう細やかな優しさにきゅんとしてしまう。

「今日はいつも以上に可愛らしい装いだな」
「えっ!? う、うん。コートも新しいものを出したの」
「そうか。じゃあ、その姿のを見るのはオレが初めてなのか。嬉しいな」

 赤司くんの言葉に大げさだよと言いたかったのに、隣を見ると本当に嬉しそうに微笑を浮かべている彼がいるから何も言えなくなってしまった。穏やかに笑う赤司くんをまじまじと見つめているとその視線に気づいたのか、赤司くんはこちらを向いた。その目元が微かに意地悪そうに細められる。

「オレのために着てきてくれたのか?」
「へっ!?」

 ぐっと端正な顔が近づいてきて、思わず後ずさる。尤も私たちは手を繋いでいるのだから期待できるほどの距離を置くことはできず、結果さらに彼の腕に引き寄せられることになった。

「違うのか?」

 覗き込むように見つめられ、私は咄嗟にこくこくと顔を縦にふる。するとやはりこの人は嬉しそうに笑うのだ。

「赤司くんに見てほしくて」
「あぁ、似合っているよ」
「赤司くんも私服姿格好いいね」
「そうか? 普段とあまり変わらないと思うが。だがに言われると嬉しいものだな。ありがとう」

 ぎゅうと手に強く、でも気遣わしげに力を込められる。そこからも赤司くんの感情が伝わってくるみたいだ。
 そのことが嬉しくて、口角が微かに上がるのを感じる。

「今日は夕方に連れていきたい場所があるんだ」
「夕方? どこなの?」
「それは秘密」
「え~」

 赤司くんは塞がっていない方の手を口元にやって人差し指を立てる。その仕草も表情も、やはり何処か悪戯っぽくて。赤司くんの人を寄り付けないすました雰囲気だとか、気高い性格だとか、ちょっと吊り目がちな瞳だとかと相まって、まるで猫みたいだなんて思ってしまった。口が裂けても本人には言わないけど。
 でも、秘密にされると暴きたくなってくるのが人間の性である。何とかして聞き出せないかと私は奮闘することにした。

「お願い、教えて!」
「秘密」
「うー、じゃ、じゃあっ、ヒント!」
「それもだめだよ」
「なんでーっ」

 ちょっと態とらしく駄々を捏ねてみせると、赤司くんは仕方ないなというように眉を下げてくすりと笑う。その仕草にもしかして教えてもらえるだろうかと期待したものの、依然として赤司くんの答えは否、だった。
 そもそもこの赤司征十郎という人の考えを変えることなど、私のような凡人には出来はしないという考えに至り、がっくりと肩を落とした。しかし赤司くんはそんな私を見ても、やはり楽しそうに笑っているのだ。何がそんなに楽しいのかと尋ねると、赤司くんは当然のように答えた。

の表情の百面相は愛らしいなと思ったんだ」
「愛らしくないです……」
「そんなことないよ」

 赤司くんはよく私に「可愛い」「素敵だ」「愛らしい」などという、凡そ普通の男子高校生では言えないような率直で小っ恥ずかしい言葉を口にする。
 最初は何かの冗談だと本気で思っていた私だったのだが、どうやら彼の表情を見るに本気で言っているらしい。となると次なる問題が起きてくる。私の脳がその言葉にキャパオーバーを起こすということだ。婚約が決まった当初は彼のその言葉たちに全く慣れることが出来ず、言われる度に思考が停止するという事態に陥っていたことが昨日のことのように蘇ってくる。
 最近は照れながらも何とかその言葉を受け取れるようにはなったものの、やはり真っ正面から言われてしまうと恥ずかしいものなのだ。言っている本人は全く恥ずかしそうにしていなくて、むしろ平然としているのだから何故か悔しくなってくるのだが、こればかりは仕方がない。赤司征十郎とはそういう人、という言葉でしか片付けられない。

「きっとも気にいると思うから楽しみにしてほしいんだ」
「……わかった。楽しみにしてる」
「あぁ、期待していて」
「っ」

 ──期待していて。
 赤司くんの言葉に思わず、彼から初めて想いを告げられて日のことを思い出す。初めてこの人のことを男の人として、異性として意識した日。そして、それまで気付かずにいた想いを引きずり出された日。
 息を呑んだ私を不思議に思った赤司くんがこちらに声をかけてくる。

?」
「……う、ううん。何でもないの」
「ならいいが……」

 こちらを窺うように視線をやって、しかし私が浮かべた笑みを確認するとため息を漏らしながらも頷いた。

「それまで何処か行きたいところはあるか? ないならこの前が言っていた新しく出来たカフェに行こう」
「あ、私もそこに行きたかったの」
「なら決まりだな」

 早速目的地も決定し、楽しい赤司くんとのお出掛け(またの名をデート)が始まった。
 WC前の唯一の休暇日だ。赤司くんに少しでも楽しんでもらいたい。そのためにはまずは私が楽しむことが大切である。一緒にいる私が楽しまなければ、赤司くんだって楽しめない。だから私も思いっきりこのお出掛けを楽しむと心に決めた。


     ***



 赤司くんとのお出掛けは本当にあっという間だった。

 一番始めに行ったカフェは新しく出来たばかりのお店でちょっと混んでいたけれど、評判で聞いていた通りの美味しいブランチを食べることが出来た。私は果物が薄くスライスされたサンドウィッチのセットを食べた。パンとフルーツが喧嘩しないようにと、いい具合に中に塗られたクリームも美味で、甘いもの好きの友人に勧めようと決心した。思わず夢中で食べていたら、赤司くんがこちらに手を伸ばしてきて。

「ついてる」

 なんて言って、私の口元についていたクリームを指で取り、それをそのままぺろりと舐めてしまう。それで再び真っ赤になったことは言うまでもないだろう。
 赤司くんが注文したのはお豆腐好きにはたまらないであろう一品、豆腐サンドウィッチのセットである。

(本当に豆腐が好きなんだなあ)

 とても分かりにくいものの、赤司くんは豆腐サンドウィッチセットが運ばれてきたとき、明らかにその真紅の瞳をきらきらと期待に輝かせた。嬉しそうにナイフとフォークでサンドウィッチを切り分けている赤司くんの姿は非常に微笑ましく、私は自分が食事を口に運んでいない間はずっと上品な食事風景を見つめていた。
 豆腐のサンドウィッチの聞くと随分と珍しく色物に感じるが、次々とテーブルに運ばれていくそれを見る限りどうやら人気商品らしい。確かにヘルシーだから健康に気を遣う女子たちには人気があるのかもしれない。この豆腐サンドウィッチは全5種類あり、セットでもその中から一つ選ぶ。中にはアボカドサラダのヘルシー豆腐サンドなるものや、梅干しとハーブの創作豆腐サンドなるものもあるが、赤司くんはシンプルに無添加ベーコンが使用されたB.L.T.&T.豆腐サンドを頼んでいた。一口食べさせてもらったが、とても美味しかったので今度来たときは私も注文しようと思う。あと材料の70%以上が豆腐という人気デザートの豆腐チーズケーキとやらも食してみたい。

 このあとも街中でウィンドウショッピングをして、互いに気になった店に入って、欲しいものを買ったりした。クリスマスも近づいている時期だから、店内にはクリスマスプレゼント用のアイテムもかなり多く取り揃えてあった。私自身とあるお店で赤司くんと少し離れた位置で商品を見ていたら店員さんに声をかけられた。
 曰く、

「彼氏さんへのプレゼントですか? 何か希望はありますでしょうか?」

 思わずぱちぱちと瞬きを繰り返していると、その店員さんはちょうど私と赤司くんが一緒に入店するところを見ていたらしい。他人の目から私たちは恋人に見えていたという事実に少し嬉しくなりながらも、私は丁重に店員さんの申し出を断った。もうすでに私は赤司くんへのクリスマスプレゼントは誕生日プレゼントと共に用意ができているからである。
 他にも古書店に行って、もう絶版になってしまった珍しい本を探すこともした。お互いに読書は好きな方だから、それぞれお勧めの本を買った。

 そんな風に楽しい時間ばかりが過ぎて、気付けば夕方。私たちは今、赤司くんが最初に言っていた通り、彼が私を連れていきたい場所とやらを目指している。
 駅前からはどんどん遠ざかり、しかし駅からは歩ける距離にある小さな噴水広場。どうやら赤司くんの目的の場所はここだったようでそこで立ち止まる。広場を見回した私は思わず感嘆の声を漏らした。

「すごい……」

 私たちを囲むのは、煌びやかなイルミネーションたち。どこを見てもそれらが私たちを歓迎している。
 暫く見とれていた私を見て、赤司くんはそっと口を開いた。

「知る人ぞ知る穴場らしい。俺たちは運がいいな。今は誰もいない」

 確かに言われてみると、私たち以外の人影が見当たらない。こんなに豪華なイルミネーションを二人占めしているという事実に私の心は弾む。

「赤司くん!」
? ……わ、」

 私は赤司くんと繋いでいた手を引っ張って、綺麗に飾り付けられた装飾たちに近づく。それはまるでイルミネーションに誘われたかのように体が勝手に動いたのだった。

「見て見て、赤司くん! これってサンタクロースかな? 可愛いっ」
「ああ、そうだな」

 沢山の凝った装飾たちを見て回って、ようやっと中央の噴水まで戻ってくる。噴水も小さな電球によって飾り付けられている。また内側に何か仕込んであるのか、水が吹き出す度にそれは鮮やかな色に照らされていた。

「わぁ……」
「気に入ったか?」
「うん、とっても!」
「よかった」

 聞くところによると、赤司くんはこのイルミネーションを実渕先輩経由で知ったらしい。写真では見せてもらってはいたものの実際来たのは今日が初めてらしく、赤司くん自身も穏やかな表情でイルミネーションを見つめていた。

「連れてきてくれてありがとう」
「オレはそれしかしてないよ。実渕にも礼を言っておかないとな」

 赤司くんの言葉に頷いて、そこでイルミネーションを見て回る間、赤司くんの手を引っ張り続けていたことに気付く。慌ててパッと離すと、赤司くんは怪訝そうに首を傾げた。そして何か考えるそぶりを見せ、「あぁ」と何かに納得したように頷いた。今度は私が首を傾げる番である。

「今日は随分積極的だったな」

 それはきっと私から彼の手を引っ張ったことを指している。絶対気付かれたら揶揄われると分かっていたから慌てて手を離したというのに、これでは意味がないも同然である。

「痛かった?」
「そんな柔な鍛え方はしてないよ」
「本当?」
「あぁ」

 その言葉にホッとする。もしも試合前に腕や手首を痛めてしまったらどう責任を取ればいいのか分からない。私の腕の一本や二本、捧げればいいのだろうか。
 そんな訳分からないことを思い浮かべていると、赤司くんは離された私の手を再び繋いだ。

「何考えてた?」
「えっ!? く、くだらないことだよ?」

 私の返答に赤司くんが笑う。随分と可笑しそうに笑うものだから、むぅと頰を膨らませると、赤司くんは瞳を細める。

「あ、」

 赤司くんが小さく声を漏らし、そっと私の前髪に手を伸ばした。また撫でられるのだろうかと身構えていると、彼は私の前髪を振動が起きないように軽く払った。

「赤司くん?」
「雪だ」
「あ……」

 言われて空を見上げると、そこからしんしんと雪が降ってくる。どこか幻想的なそれは、私たちを包む空間を否応なく恋人たちの空気に変えた。
 赤司くんと目が合い、見つめあう。長い時間だったのか、短い時間だったのか。それは私には分からなかった。ただ分かることは、私の心臓は今、物凄い速さで動いているということ。そして、赤司くんの真紅の瞳が、どこか熱を帯びているということだけだ。
 その熱にあてられたように、私の体も熱くなってくる。繋いだ手は周囲の冷たい空気にさらされているというのに全く寒く感じない。きっと互いの熱を分け合っているからだ。
 絡み合った視線が、熱い。心の奥底から、想いが湧き上がってくる。


「赤司、くん?」
「今、何考えてる?」

 それは先程の問いと同じであり、そして違った。
 今、何を考えているか。
 それは聞かれるまでもなく。

「好き」

 気が付けば、それは音となって溢れ出ていた。
 誕生日プレゼントと一緒に告白するだとか、こういうシチュエーションで伝えるだとか。沢山考えてきていた計画をすっ飛ばして、私はそれを言葉にしていた。せっかくサプライズも考えていたのに台無しになる。
 それでも口にしてしまったのは何故だろう。イルミネーションと雪に包まれて、非現実的な空間に導かれたからだろうか。
 夢現な感覚だ。もしかしたら本当にこれは夢で、起きたら自室のベッドの上、なんてこともありうるかもしれないと考えて。
 でも、やっぱりこれは現実だと実感した。
 目の前の赤司くんが、嬉しそうに笑う。この笑顔が夢だなんてありえない。

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