ドリーム小説

それは何にも染まらぬ白

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『そんなに照れるのは、俺のことが好きだから?』

 幸村のその冗談に、は過剰に反応した。幸村から見ると小さな体を、布団の中に隠れた状態でも分かるほどにはびくりと動かす。その後、目元だけ布団の中から出てきたのだが、たったそれだけでも彼女の顔がひどく紅潮していることが幸村には分かってしまったのだ。
 まさかにそんな反応をされるとは思っていなかった幸村は、彼女につられるように自身の顔が赤く染まっていくのを感じていた。
 顔が熱い。ふらふらと視線を彷徨わせて、ようやく落ち着いたのはの瞳とばちりと視線が合ったからである。
 何か言わなければ。しかし、何を言えばいいのか分からない。神の子ともあろう者が何とも情けない姿を晒していた。こんな姿、絶対部員たちには見せられないだろう。

「あ……えっと、」

 口を開いても、やはり言葉にはならず。
 しかし、の今にも泣き出しそうな瞳を気付いて。
 無意識のうちに幸村はその言葉を口にしていた。

「好きだ」

 泣いてほしくなかった。の泣く姿は見たくない。もう今日は泣いてしまった、というか泣かせてしまったけれど。
 何とかして笑ってほしい。
 の笑顔は可愛らしいし、見るとこちらまで元気に、笑顔になれる。少なくとも幸村にとっての笑顔はそういう尊き存在だった。
 だからなのか。あまりにも唐突に口から飛び出たその言葉は、あまりにも場違いな言葉でもあった気がする。
 幸村は自分が紡いだその言葉を頭の中で呆然としながらも思い返し、そして何を口にしたのかということにようやく思い至った。目の前のの表情が驚愕の色に染まっていることに気付いて、それがさらに幸村に自分の言葉の意味を自覚させた。

「え!?……い、いや、今のは違くてっ!」

 何が違うというのか。そう頭のどこかで自分を罵る言葉が響いたが、正直幸村はそれどころではなかった。
 言うつもりはなかったのだ。少なくとも、今はまだ言うべきタイミングではないと。もう少し、交流を深めてからと。が学校に復学して、そこで先輩後輩として関わり合って、そしていつか言えればいいと。そう思っていたのに。
 自分はには嫌われてはいないと思う。それどころか好意的に接してもらえていると感じているし、の普段の反応を見るに幸村との交流を嬉しく思ってくれているだろう。
 しかし、それとこれとは別だ。こんな場違いにもほどがあるタイミングで想いを告げるとは。も先程から目を丸くしてこちらをじっと見つめたまま動かない。明らかに困っている反応だ。

「えっと……」

 口にしたものは撤回できない。ここで先程の言葉を否定すれば、自分のへの想いも否定することに繋がってしまう。
 だから、幸村は意を決して想いを伝え直すことにした。こうなったら曖昧にせず、しっかりと伝えきった方がいいと判断したのだ。

「俺、ちゃんのこと好きだよ」

 気になり出したのはいつ頃だろうか。気が付いたら好きになっていたと言う方が正しいのかもしれない。
 笑顔に惹かれて。困難な状況にも決して諦めず。今を精一杯、そして一生懸命に生きている、真っ直ぐな美しい人。
 何よりもその生き方が綺麗で、だから幸村は否応なく彼女に想いを寄せたのだった。

「周りを元気にする笑顔が好きだ。真っ直ぐで一生懸命なところも好き。辛くてもへこたれずに、諦めないその姿が好き」

 彼女の好きなところなんて考えなくてもすらすらと思いつく。

「人を勇気づけるきみの言葉も、恥ずかしがり屋なところも、強い意志を持ってるところも、自分よりも他人を気にする優しさも全部好きだ」

 幸村の言葉が紡がれる度に、の顔がさらに紅潮していく。少し可哀想だなと幸村は思ったが、それでも止められなかった。もちろん、止める気もない。

「驚かせてごめん。きみにとって俺はいい先輩だったのかもしれない。でも、俺はそれだけじゃ我慢できなかった。ちゃんと男として意識してほしかった」

 信頼されている。その自覚はある。でも信頼だけじゃ足りないと。
 もっと自分の欲深さにも気付いてほしい。
 俺はそんなに清廉潔白な男じゃないんだと。それを知ってほしい。

「怖がらせて、嫌な思いをさせてごめん。……けど、ただのいい先輩としてだけなんて俺は無理なんだ。ちゃんがそれだけを俺に求めているのなら、それは俺にとっては辛い。こうやって会う度に辛くなる」

 なんて勝手なんだろうか。定期的に会えるというだけで自分は満足していたはずなのに、想いを口に出したら欲張りになってしまった。
 欲深すぎる自分に辟易として、幸村は一歩後ずさった。それに気付いたがこちらを見上げる。綺麗な瞳に自分の欲に塗れた顔が映った気がして、幸村はさらに自己嫌悪に陥った。

「……ごめん。今日は帰るよ」

 このままここにいたら自分がどうなるか分からなかった。幸村は自分のことが怖くなって逃げ出す。
 このままだと自分は何を言うのか。を傷付けるかもしれない。言いたくもない醜い言葉を大切な人にぶつけてしまうかもしれない恐怖が湧き上がる。
 幸村が病室の扉に向かって歩き出したところで、服の袖をぎゅっと強く掴まれた。
 ここには幸村以外、一人しかいない。それをすることができるのは、その人だけだ。そう分かっていても、幸村にはその事実が信じられなかった。まるで幸村を引き止めるような、そのような行動。一方的に言葉をぶつけて、信頼していたはずの人間に傷付けられたばかりだというのに。

「……待って、幸村先輩」

 こちらを見るその瞳は、やはり純粋で、真っ直ぐなのだ。


それは何にも染まらぬ白

最後にこちらの連載を載せたのが去年の11月末。そこから2ヶ月以上お待たせしてしまい、誠に申し訳ありません。今回、予想以上に幸村くんが欲深い"ただの男"になりました。
(2021.02.10)
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