ドリーム小説

甘い蜜に依存

update : 2020.10.01
幸村部長と一つ年下の後輩マネージャーのふたり(恋人)


 彼の瞳が好きだ。
 全てを飲み込む、深い深い海のような。綺麗な深い藍。
 普段はとても穏やかな彼を表したかのように、その瞳は普段は波が立たない静かな海に似ている。
 反対に試合になると荒立った波がこちらを襲いかかるかのように、秘めた闘志を宿す。

 だけど、私は知っている。
 彼の瞳が、甘く甘くとろけることを。


     ***



 今日も今日とて、立海大付属中学男子テニス部は厳しい練習をこなしていく。
 全国レベルの選手たちを有するこの部を率いるのは、神の子・幸村精市。普段は穏やかな男であるが、部活中はその瞳を鋭くさせ、部員たちの練習風景に目を光らせる。少しでも部員が楽をするものなら幸村の指示による練習追加と、彼を支える副部長の真田による鉄拳制裁が待っている。故に、部員たちは一瞬たりとも気が抜けないのだ。

 そんな部員たちから恐れられている部長が、たった一人に対しては非常に甘くなるという話は有名である。


「お疲れさまです、幸村部長」
「あぁ、いつもありがとう。助かるよ」

 そう言って女生徒から差し出されたタオルを受け取り、首筋や額を気持ち悪く伝う汗をふき取ると首にかけた。同時に受け取っていたドリンクを口に含む。
 幸村にタオルとドリンクを差し出した女生徒は男子テニス部のマネージャーである。そして、幸村の恋人であったりもする。
 何故かイケメンばかりが集うこの男子テニス部には、彼ら目当てのマネージャー希望の女子が殺到する。大体は練習の過酷さとそれに伴うマネージャー業の辛さに耐えきれず辞していく流れも恒例である。だが、そんな中では珍しくこの女は部員たちが目当てではなく、部員たちのサポートを、つまりはマネージャー業自体を目当てとしてやってきた生徒なのだ。どうやら小学生の頃は軟式ではあるもののテニスを習っていたらしく、辞めた今でも何かテニスに関わることをしたいとマネージャーを志望したらしい。
 そんな健気なマネージャーに逆に惚れてしまったのが、幸村精市というわけである。彼は一つ年下の彼女を溺愛している。


「は、はいっ」

 部活中は呼ばれないその名を呼ばれて、思わずはたじろいだ。そんな様子を見て楽しんでいる幸村の思うツボだとは少しも考えずに。
 他の部員たちにいっていた視線が、幸村に向けられる。綺麗な瞳。どうかその瞳には、純粋なものしか映さないでほしいと幸村は願っている。
 だが、そんな幸村自体がどろどろとした欲に塗れていることを彼自身は知っている。今は彼女にバレなければそれでいいとも思っている。

「今日も一緒に帰ろうか」
「え? でも、今日こそは話がしたいって、赤也くんが……」
「俺がいいって言ってるんだからいいんだよ」

 休憩中だとしても、一応まだ部活中であるにも関わらず、甘くとろけた瞳を向ける幸村。は再びたじろいで、それでもその甘い瞳に映っているのは自分だけだという事実に身体が打ち震えた。この喜びだけは、誰にも渡したくないと。

「わかりました、一緒に帰りましょうか」
「はは、やった」

 いつも大人びている幸村が年相応の笑顔を向けるのはに対してだけ。それに特別感を覚えながら、は練習を再開させた部員たちを眺めていた。
 だが、どうしても視線を向けてしまう方向にいるのは幸村だ。
 ふと、彼の目線が動いて、二人の視線が交錯した。

「っ」

 思わずは息を飲む。
 だって、仕方がないじゃないか。
 幸村から向けられた瞳が、壮絶なほど、どろどろに溶けていたから。恋人である自身に対しての欲を隠しきれていない瞳だったから。
 甘い甘い、狂おしいほど甘い瞳。
 はそれがたまらなく好きだ。
 その瞳を向けられたら、自身の全てを差し出してしまえるほどには。
 依存している。
 その欲に塗れた瞳をずっと自分だけに向けていてほしい。そんな願いを込めながら、は幸村を見つめ返した。


甘い蜜に依存



前回に引き続き、こちらもremedy様企画「いざよう睫毛」参加作品でございます。
(2020.10.01)

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