ドリーム小説


ジャック・オ・ランタンの

 世に言う華の金曜日。俺は残業を終えて帰路についていた。捌いても捌いても終わりが見えなかった業務もようやく終えて、草臥れながらも愛する恋人と共に住んでいるマンションの部屋の玄関を開けた。
 すると、

「がおー」

 可愛らしい鳴き声を漏らしながら、ニヤついた顔をしたカボチャがこちらに迫ってきた。その光景に俺は思わず呆然とする。目の前のカボチャはそんな俺の反応を見て、抗議の声を上げる。

「精市くん、何か言ってよ!」

 むぅとむくれた顔──をカボチャの被り物の下でしているだろう俺の恋人は、ぽかぽかと俺の胸を叩いた。全く力が入っていないその手を取って落ち着かせる。

「何してるの、

 被っていたカボチャの被り物を彼女の頭から抜き取って、その可愛らしい顔を覗き込む。俺よりも身長が低い彼女は必然的に俺を上目遣いに見ることになり、そんなにぐっときてしまう俺も相変わらずである。

「これ、どうしたの?」

 これ、と言うのは当然ジャック・オ・ランタン風の被り物である。こんなもの、家にあっただろうか。というか、彼女はこういうものを買うタイプではないはず。
 はそんな俺の疑問に答えた。

「今日同僚にもらったの。ハロウィンだからって」
「あぁ、そういえば今日だったね」

 最近ではバレンタインよりもお金が回るというイベントであるハロウィン。正直俺は仮装とか、みんなで大騒ぎするとかが性に合わないため完全に忘れていた。
 どちらかというと渋谷の街で騒いでいる若者を見て、馬鹿馬鹿しいと思っている人間であるため、ハロウィンは好きじゃない。そしてこのイベントで騒ぐ人間も好きではない。しかし、恋人がちょっと被り物を被っただけで可愛いと思ってしまうのだから、我ながら単純である。

「もう、忘れてたの?」
「ごめん。興味がなくて」
「まぁ、精市くんらしいけどさ」

 今度こそむくれてしまったの機嫌をとるように手を絡めて、額にキスを落とす。ちらりとこちらを見やった彼女に微笑んで、顔を赤くした反応を確認してから唇にもキスをした。最初は戯れのようにちゅ、ちゅっと音を立てながら軽く交わし合う。それがだんだんと深くなっていき、薄く開いたの唇を割って舌を差し込む。
 どれだけ長く彼女の唇を味わっていたか。とんとんと俺の胸を叩くに気付いて、その身を離した。はぁっと熱い吐息を漏らしたは涙目でこちらを見上げる。

「いきなりすぎだよっ」
が可愛すぎるのがいけない」
「もうっ」

 ぷいっとそっぽを向いてしまったを抱き上げて、そのままリビングに連れて行った。そっとソファにその体を横たわらせる。

「精市くん?」

 こてんと首を傾げる可愛らしい仕草にぐっときつつ、俺はそっとその頭を撫でた。

「らしくないね、。いつもはあんなことしないのに」
「っ」

 は俺と同じでイベントごとにあまり頓着しない。特に中学生のときに言っていたが、ハロウィンは苦手だと言っていた。仮装して騒ぐというイベントがどうしても自分に合わないのだと。
 そんなが何故突然被り物とはいえど、仮装をしようと思ったのか。
 もちろん、同僚から仮装グッズをもらったというのも理由の一つかもしれない。しかしそれならば彼女は毎年職場の同僚から仮装グッズを無理やり渡されていた。だが、それを身にまとうということは今まで一切なかったのだ。それなのに、何故今。

「笑わない?」
「笑わないよ」

 俺が即答すると、はうーんと唸った後、意を決したように口を開く。

「あのね、同僚が恋人に見せるつもりらしい仮装した姿を先に見せてもらったの」
「うん」
「それがね、その、すごく、なんというか……」

 そこからは何度も口ごもりながら、それでも続けた。

「セクシーというか、色っぽいというか、」
「……」
「すごく、女性らしくて」

 そこまできてようやく俺は彼女が言いたいことを察した。同時に、それがなんてくだらない悩みであることも。

。前から言ってるけど、俺はだから好きなんだよ」
「……」
「無理しなくていい」
「本当はカボチャの被り物だけじゃなくて、というか本命の仮装はもっと女性らしいもので、それをもらったんだけど……」

 でも恥ずかしくて。一回着てみたけどやっぱり無理で。それで照れ隠しにあの被り物を被っていたのだと、はリビングに置いたままになっている”本命の仮装”を目で示しながら告白した。
 そんな彼女を見て、思わずくすりと笑みが漏れてしまった。

「なんで笑うの!」
「いや、一度は着てみたんだ?」
「……全然似合わなかったけど、」
「俺には見せてくれないの?」

 え、とこの世の終わりのような顔をした。それに追い打ちをかけるようにぐっと顔を近づけた。

「俺にも見せて欲しいな」
「や、やだよ、そんな。似合ってないって言ったじゃん」
「大丈夫、は何を着たって似合うよ」

 俺はから体を離すと、本命の仮装を手にとってそれを渡した。彼女は困り顔をしながらもそれを受け取ると「絶対笑わないでね?」と念を押してから着替えるために寝室に向かって行った。

「ほんと、馬鹿だなぁ」

 本当に、は馬鹿だ。
 俺はどんなだって好きなのに。それがであれば、他が何であろうと構わないというのに。
 きっと彼女は知らないのだ。
 自身が抱えている心配事がどれだけ俺にとってくだらないことなのかを。
 今まで何度も伝えてきたはずなのに、それをまだは分かってくれない。だから俺は彼女が分かってくれるまで教えてあげないと。
 一体今夜はどうしてくれようかと思いながら、俺は口元に笑みを浮かべた。



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Title By エソラゴト。