ドリーム小説

初雪が降るまでに

赤司とが在校している洛山高校は京都の学校だ。
 京都は盆地という特性ゆえ、12月上旬から雪が降ることも珍しくない。夏は汗がべったりと体を伝い、着ている服が気持ち悪くなるほどに暑い。そのくせ冬は東北にも負けず劣らずの寒さが人々を襲う。それが京都であった。

「今年もそろそろ雪が降る頃かなぁ」
「あぁ、もうそんな時期か」
「雪は幻想的だけど、実際に降られちゃうと困るよね」
「そうだな。歩きにくいし、何より冷える」

 今日も今日とて洛山高校男子バスケットボール部主将の赤司征十郎と、その筆頭マネージャーであるは練習後に居残り、部活に必要な備品の確認をしていた。が一通り確認していた内容を赤司に伝え、その内容を赤司が精査し、最終的に監督に本当に必要な備品として伝える。それが彼らが1年生のときから変わらない流れであった。
 大体は1ヶ月に1度行われる備品チェックは、消耗品の確認が大多数である。今もそれをチェックしていたがノートを確認しながら赤司に伝え終わったところだった。

「赤司くんは寒いの大丈夫?」
「オレか? オレは得意でもないが、苦手でもないな」
「そっかぁ。私、本当に寒がりだからなぁ」

 そう言って手をさするを見て赤司は笑う。書いていた部誌を閉じて立ち上がった。

「そろそろ帰ろうか」
「部誌は大丈夫?」
「あぁ、構わない」

 赤司の言葉にはこくりと頷いて、下に置いていたスクールバッグを手に取る。しかしそれもすぐに赤司に取り上げられて、「あ」と声を漏らした。

「赤司くん、それくらい私にだって持てるよ? 朝は1人で持ってきてるわけだし」
「いいんだよ、はオレに甘えておけば」
「うー、納得いかないです」
「そろそろ納得してほしいな」

 拗ねたように頬を膨らませたの頭を撫でて、赤司はくすりと笑った。それに気づいたはさらにぷんぷんと怒ってしまって、赤司はそんな彼女の機嫌を取るようにするりと彼女の小さな手を握る。するとは今度はぽっと顔を赤く染めて、赤司にそんな顔が見えないように俯かせた。

「まだ慣れない?」
「永遠に慣れそうにありません……」
「それは困ったな」

 その声音は全く困ったようには聞こえない。
 赤司は優しくの腕を引いて部室を出た。がちゃりと音を立てて、しっかりと部室に鍵がかかったことを確認してから歩き出す。

「さっき寒がりだって言ってたけど、確かにすごく手が冷えてるね」
「あ、やっぱり分かる? 昔はそうでもなかったんだけど、高校に上がってから急に冷え性になっちゃって」
「女性は冷え性が多いと聞くが、本当に大変なんだな」

 赤司は呟くと、の手を温めるように強くその手を握る。絡め合った手から赤司の熱が伝わってきて、もそれを返すように手に力を入れた。それに気付いた赤司は嬉しそうに笑みを浮かべると、その真紅の瞳をとろけさせた。
 そのとろけるような瞳は、きっと自分しか知らないとは自負している。
 普段の凛々しい瞳からは想像ができない瞳。きっと誰かにそれを言っても信じてはくれないだろう。
 でも、それがいいのだ。自分しか知らない赤司がいるというだけで、の心は満たされる。好きと伝えていないくせに随分と都合のいい自分に、は最近嫌気が指していた。
 それが態度に出ていたのか、はぁと大きなため息がの口から漏れる。

「どうかしたか?」
「え? ううん、平気だよ」

 嘘だ。本当は平気ではない。
 実は最近、は明確に赤司への自分の感情を理解するようになっていた。
 赤司から彼の想いを伝えられたとき、は曖昧な答えを返した。今思えば、随分とずるい返答だったと思う。
 自分の気持ちが明確に分かるときまで、どうか答えは待ってほしい。
 そんなの言葉に、赤司は嬉しそうに笑って頷いたのだ。
 それで十分だと。期待以上だと。
 それどころか、好きと言ってもらえるように努力するから期待していてなんて。
 自分には勿体なさすぎる言葉だとは思った。彼からの想いが欲しい女性なんて星の数ほどいる。赤司がその気になれば、自分なんかよりももっと家柄も容姿もいい人を見つけられるはずだ。それなのに赤司はがいいのだと言う。
 最初は信じられなかったその言葉も、赤司の「期待して」の言葉通りのアプローチによってしっかりと実感できるようになった。
 そして、徐々にだがも自分の気持ちを自覚するようになっていったのだ。

は冬が嫌いかもしれないが、オレにとっては都合がいいな」
「え?」
「こうやって温めることを口実に手を繋げるから」
「!」

 赤司はこういう台詞を恥ずかしげもなく言ってのける。はいまだにそんな赤司の言動に慣れなくて、その度に顔を赤く染める自体に陥るのだ。そして赤司は頬を染めたを見て、また嬉しそうに笑う。自分だけ恥ずかしくなるのは納得がいかないが、赤司のこの微笑を間近で見れるのならいいかななんて思ってしまっているのだから困ったものである。
 なんとかして赤司の言動に照れないようにと悩みながらも努力しているのだが、正直全戦全敗である。やはり百戦百勝の理念を掲げていた帝光中学の元主将の名は伊達ではない。
 そしてが悩んでいることがまだまだ存在する。

「冬といえば、赤司くんは確か今月誕生日だったよね?」
「あぁ、よく知ってるね」
「だって去年も一昨年も実渕先輩が凄かったんだもの」

 苦笑したのその言葉に、赤司もオネエ口調の先輩を思い出して苦笑いを漏らす。

「実渕か。確かにあいつは毎年凄かったな」

 実渕玲央は2人の一つ上の先輩である。キセキの世代には及ばないものの、無冠の五将の凄腕シューターとして名を知らしめていた人物であり、去年までは赤司を支える副主将でもあった。
 彼はお菓子作りが得意で、バレンタインやレギュラーの誕生日の日には毎回手作りお菓子を手渡していた。それは赤司も例外ではなく、何故か他の面々より気合の入った豪勢なお菓子を渡されていたことをも赤司も思い出す。

「私ももらったことあるけど、実渕先輩のお菓子は本当に美味しかったよね」
「オレも好んで菓子を食べることはないが、確かに実渕がくれたものは好きだったな」

 確かに赤司が自ら菓子の類を口にする場面はあまり見ない。しかしいつも彼を支えてくれていた人物からの菓子は嬉しそうに受け取っていた。
 しかし赤司に何かを贈る行動をするのは、何も実渕だけではない。赤司は容姿も、成績も、運動神経も、性格も、おまけに家柄もいいため、当然の如く女子からモテる。そして何かイベントごとがある度にそんな女子たちからプレゼントを渡されるのだ。
 赤司は可能性がないにも関わらず、プレゼントを受け取って期待させることは失礼だと言ってその類のものは一切受け取らない。女子たちはそんな赤司に受け取るだけでいいからと懇願するものの、赤司の固い意志は決して揺るぐことはなかった。
 婚約者として、赤司のその変わらぬ女子に対する態度は嬉しいものだ。女の子たちには少し申し訳ないとは思うものの、それでもやはり嬉しかった。
 つまり赤司は女子からのプレゼントはのものしか受け取らないということなのだ。
 そして、の二つ目の悩み事はそのプレゼントに関することだった。

「赤司くん、誕生日何か欲しいものはある?」
「え?」

 まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったようで、赤司はきょとんと目を点にする。
 あぁ、普段絶対に見ることのできない表情が見ることができて嬉しい。そう思う理由は、きっともう一つしかないことをは知っていた。

 京都は12月上旬でも雪が降る。
 それまでに何とかして、赤司に想いを告げる決意をすること。この意気地のない自分を奮い立たせること。
 そして、彼の誕生日に告白すること。
 それがの三つ目の悩みである。

prev BACK next