ドリーム小説

まるで宝石

01

 幼い頃から大切にしているものがある。
 宝物と言ったら、陳腐に聞こえてしまうかもしれないけれど、それでも私にとっては、とても大事なものなのだ。




 トントン、と、優しく肩が叩かれる。それは私への気遣いだ。
 読んでいた本から視線を上げると、向かいの席によくお見舞いに来てくれる親友が一人座っていた。彼女は口をわざとらしく、大きく、そしてゆっくりと動かす。

『また、本読んでるの? ほんとに好きだね、

 病院の雑談スペース。
 入院により狭くつまらない部屋に押し込まれてしまった子供たちだけでなく、人との会話を生きがいにしている大人たちも集まってくる場所だ。故に当然、ここは常に音が溢れている。本を読むには適していない場所でもある。集中して本を読みたいのであれば、自分が入院している個室に戻って読むべきなのかもしれない。
 でも、私にはあまり関係ないことでもある。

『何読んでるの?』

 私は読み途中のページにしおりを挟んでから閉じ、机に置いた。そして、空いた手を動かす。

『北村薫さんの「ひとがた流し」だよ』

 私の手の動きから言葉を読み取った親友、篠崎楓は『どんな本なのー?』と口にしながら、私が机に置いていたその小説を手にとってパラパラと軽くページをめくっていった。その目は次々とめくられていくページにやられているが、それでは当然中身を読み取ることは不可能だろう。
 私は苦笑しながら、再び手を動かした。

『ちょっとは本を読みなよ、楓』
『だって私、こういう文字が羅列されてるのを見ると嫌になっちゃうんだもん』

 『あ、漫画は大好きだけどね』と自分の言葉に付け足した楓はパタンと本を閉じて、元の位置に戻した。
 そして、持っていたバッグの中からいくつかの袋を取り出して、それらを机に並べ始める。次々と机の上に姿を現わすのは、大量のお菓子だ。

『もう、また持ってきたの?』
『だって、病院食だけじゃ物足りないでしょー?』
『私怒られちゃうよ』
『いいじゃんいいじゃん、ちょっとくらい!』

 確かに病院食はあまり美味しいとは言えないけれど、それは病院の人たちが私たちのためを思って、しっかりと栄養のバランスを考えて作ってくれたものだ。文句は言えないし、感謝だってしている。
 まぁ、少しくらいならお菓子を食べてもいいかなと思って、机に置かれたお菓子の中から一つ選んで袋を開けた。

『にしても、ここで本を読むの好きだよね、

 ここは煩いのに。
 そんな言葉が普通なら後に続けられるのかもしれない。けれど、楓はそんなことは言わないし、私自身もあまり気にしていないことだ。
 楓はそうは聞いたものの、私が何故この雑談スペースで本を読むのかはすでに知っている。さっきのはただのひとりごとのようなものだろう。

 確かにここは煩いのかもしれないけれど、私にはあまり関係がない。
 何より誰もいない、静かすぎる個室の病室で本をずっと読んでいると、さすがに飽きてしまうし、ちょっと心細くなってくるのだ。
 その分、ここであれば視界に子供たちがおもちゃで遊ぶ様子や走り回る様子、さらにはそれによってスタッフさんに怒られる様子も入ってくる。たまに私に話しかけてくる子もいれば、私の隣に座って一緒に本を読む子もいる。この前は私の膝に頭を預けてそのまま寝てしまった子もいたっけ。
 そんな賑やかで楽しい空間にできるだけ身を置いていたい。
 一人でいると、どうしても私は寂しくなる。
 だから私は幼い頃からずっとそう思っているし、そんな空間が大好きで、そんな時間が大切なのだ。

『あー、お菓子食べてたら喉乾いてきちゃった』

 ぱくぱくとお菓子を食べ進めていた楓はそんなことを言いながらも、尚手と口を動かし続けている。私へのお見舞いの品としていつもお菓子を大量に差し入れてくれる楓だが、大体は私よりも楓が食べている。そのことに不満はないし、私は楓が会いにきてくれるだけで嬉しいのだ。

『飲み物はどうしたの?』
『今日途中で買ってくるの忘れちゃったんだよね』

 あー、失敗したー。なんて項垂れる様子に思わず吹き出して立ち上がる。

『私も飲み物欲しいし、そこの自動販売機で買ってくるよ。いつも来てくれるから、そのお礼』
『ほんと!? ありがとー、

 助かる、と、手をパンと頭の上で合わせる楓を見てから、私は近くの自動販売機に向かう。
 運よく自動販売機には誰も待っている人がおらず、ラッキーと思いながらお金を投入口に入れてからドリンクを二つ購入するためにボタンを押した。ガタンと音がして二つの缶が落ちてくる。それを手にしてから、私は楓のもとに戻るため、再び歩き出した。

 歩き出した十数歩。後少しで自動販売機の設置してある廊下から、雑談スペースに空間が切り替わるというところで、トントンと肩を叩かれた。油断していたため、思わず肩が大きく揺れ、勢いよく振り返る。
 振り返った先には、私よりも身長の高い少年が立っていた。どうやら私が想像以上の反応を起こしたことによって驚いてしまったのか、少し目を丸くしている。
 数秒の沈黙が空間を支配し、その後少年が口を開いた。

『あの、』

 少年とは言ったものの、私よりは年上だろうか。彼も私と同じで入院服を着ているから、ここに入院しているのだろう。

『お釣り、忘れてましたよ』

 少年はそう言って、手を開いてこちらに差し出す。その上には確かに小銭が数枚。そう言えば、自動販売機で飲み物を購入した後、お釣りを確認することを忘れていた気がする。
 この少年はどうやらわざわざ私に届けてくれたようだ。
 その手のひらから小銭を受け取って、ポケットに入れる。

 しかし、ここで問題が一つ。さてどうしたものかと、思わず私は心の中ではてなマークを浮かべてしまう。
 何も言わない私を不思議に思ったのか、少年が首を傾げた。美しい濃紺の髪がさらりと頰にかかる。

『えっと、大丈夫ですか? 体調がどこか悪いとか……』

 固まってしまった私を心配してのことだろう。彼よりも低い位置にある私の顔を覗き込むために少し身をかがめて、私に視線を合わせてくる。これまた綺麗な瞳とぱちりと目が合って、何もしていないのにどきりと胸が高鳴った感覚した。
 そのどきりとした感覚に驚いて、反動のように手と腕が動いた。

 左手の甲を上に向け、右手で手刀を作り、その形のまま左手の甲を1度ぽんと叩く。それと同時に頭を下げた。

 頭を上げ、自然に上がった視線のまま彼を見ると、少年は少し驚いたように先程と同じく目を丸くしていた。
 何も知らない相手に対してこれをやると大体同じ反応が返ってくるから気にしない。
 でも、本当に綺麗な瞳だなぁと場違いながら思ってしまった。


まるで宝石

ついにサイトオープンしました! さて、どこまで小説を書き続けられるか、自分との勝負ですね。
(2020.09.20)
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