ドリーム小説

なんて無謀な恋をする人

update : 2020.09.20
title by 確かに恋だった
幸村先輩に絶賛告白中の後輩の女の子と二人を見守る優しい人たち


「好きです、幸村先輩! 付き合ってください」
「ごめんね、さん。俺は今、誰かと恋愛をしようとは思わないんだ」

 いつもの光景。いつもの二人。いつもの台詞。
 幸村のクラスメイトたちは内心、またかと苦笑していた。
 毎日、朝練が終わったあと。昼休み。放課後。あの二人は同じやり取りをしている。
 当の本人たちがどう思っているかは第三者であるクラスメイトたちには分からないが、きっと二人はいつもの流れでやっているのだろう。

「そうですか! じゃあ、また明日来ますね。明日は恋愛する気になってるかもしれないし!」

 だが、ポジティブすぎる少女の考え方は流石に度がすぎているのではと思うときも多々ある。そして、そんなポジティブ少女を軽くいなすことを毎日行っている幸村もよく嫌にならないものだ。人によっては怒るところだ。

「あ、恋愛する気になったら幸村先輩の方から言ってくれてもいいんですよ!」

 そう言って、少女は伝えるべきことを伝え終わったのか。違う階にある自分の教室へと戻っていく。
 同じように幸村も教室の自分の席へと戻っていった。

 これがこのクラスのいつもの光景。流石にみんな、慣れてしまった。
 しかし、それでもみんな思うのだ。


 なんて無謀な恋をする人だ、と。


     ***


 幸村精市と聞いて、その名を知らぬと言う者は少なくともこの立海大付属中学ではいないだろう。

 風に揺れる美しい髪に、宝石のような瞳。雪のように透き通った白い肌に、綺麗に通った鼻筋。まさに容姿端麗という言葉が相応しい、まるで彼自身が芸術品のような容姿。
 忙しいにも関わらず、成績優秀で常に成績上位に食い込む頭脳。
 部活のときは厳しいものの、普段の物腰は柔らかく、気遣いもできる。まだまだガキっぽい思考を持つ男子が多い中学三年生にとって、幸村は珍しい部類に入り、それがまた女子を惹きつける。
 極めつけは全国レベルのテニスの腕前。
 これで彼に惚れるなという方が無理難題である。
 しかし、大概は幸村への想いを自分の中で消化する、もしくは心の中で想うことだけで満足する女子がほとんどであった。その理由はいくつかあるが、おそらく最大の理由は幸村が恋愛に見向きもしないことにあるだろう。
 彼が見つめているのは、全国大会優勝、そして全国三連覇。ただそれだけだったから。今はもう夏の大会も終わり、だんだんと部活の中心が二年生になるように移行していく時期ではあるが、それでも幸村の中からテニスは絶対に消えない。
 故に幸村を見ているだけで満足だという女子がほとんどを占めている。勿論大胆にも告白をする者もいるが、物の見事に玉砕する運命が待ち構えているだけだ。

 そんな幸村精市という難攻不落の男に、挑み続けている一人の少女がいた。
 それが、という少女である。


     ***


 初日はまるで事件が起きたかのような空気が教室内に漂った。
 それもそのはず。幸村には告白しないがどこか暗黙の了解のようになっていた三年生たちにとって、無謀にも彼に想いを告げたは異端であり、言ってしまえば仇のような存在だったのだ。しかも、彼女はあまり褒められたものではない勇気で幸村の教室に乗り込み、彼を見つけるとそこに向かい、即座に告白したのだから。

「幸村先輩、好きです。私と付き合ってください!」

 一瞬の沈黙のあと、幸村は苦笑しつつも、見慣れない少女に後輩であろうとあたりをつけながら口を開いた。

「ごめんね。俺は今、誰とも付き合う気はないんだ」

 華麗なまでの玉砕である。
 しかしそんなそぶりを見せず、さらには立ち込める一学年上の先輩たちの視線、というか女子の睨みも気にせずには続けた。

「今ってことは、今後はありえるってことですか!?」
「え、えぇ……?!」

 前向きすぎるその発言にさすがの幸村も困惑してしまう。しかし、すぐに気を取り直して少女を諭すように言った。

「今後のことは誰にもわからないけど……。でも、当分はないよ。それにもし今恋愛する気が俺にあったとしても、きみとは付き合えない」
「どうしてですか!?」
「さすがに初対面の子とは無理だよ。何も知らないのに取り敢えず付き合うなんて不誠実だ」

 幸村らしい真面目な返答にクラスメイトたちは心の中で同意した。
 こんな告白に幸村が応じるわけがないのだと。
 お前にはチャンスなど一欠片もないのだと。

「確かにそうですね……」

 幸村の言葉に納得したようには頷く。誰もが彼女は諦めたかのように見えた。
 しかし、ポジティブすぎる少女のは、じゃあとばかりに幸村に詰め寄った。

「私はです! どうか覚えてください!!」
「え、えぇ……?!」

 再び幸村が困惑する番だ。まさかこう来るとは思っていなかったのか、幸村はもちろん、見守っていたクラスメイトたちも目を見張る。
 だが、ここで自己紹介をしてきた後輩を無視することができないのが幸村の性分なのか、幸村は流れのまま名乗る。名乗るまでもないだろうが。

「知ってるかもしれないけど、幸村精市です」
「知ってます!」

 名乗ってもらえたことが相当嬉しかったようで、はそれはもう嬉しそうに笑っていた。
 このときはまだ幸村も、そしてクラスメイトも、まさか彼女の告白があんなにも長続きするとは思ってもいなかった。

 幸村が退院してすぐのことである。


     ***


 それからというもの、は毎日幸村の教室に通い続け、告白するという日々を送っている。最初のうちは女子たちから目の敵にされたものの、無謀な告白をする年下の女子が可愛らしく思えてきたのか、はたまた叶うはずもない恋だと思われたのか、だんだんと応援されるようになっていった。しまいには持ち前の明るさで幸村のクラスメイトたちと仲良くなってしまい、連絡先を交換している生徒までいるようだ。先週は女子たちと共に映画を観に出かけたと聞いている。

 正直幸村ははもう告白は流れのようなもので、最初のときのように本気ではないのだろうと思っている。勿論幸村のことが好きだという気持ちに嘘があるとは言わないが、でも彼女自身も想いが通じ合わなくてもいいと思っているのではないだろうか。



「聞いたぞ。まだのやつ、お前に告白を繰り返しているようだな」

 そう言って部活終わりに問い詰めてきたのは真田だ。その隣には何を考えているのか分からない蓮二がいる。
 彼女が俺に告白を続けていることは全校生徒の間に広まっており、それは当然、俺と同じ部活に所属している彼らも知っていることだ。

「うん、これで二ヶ月かな」
「随分と長続きしているな」

 蓮二はそう言うと面白そうに口角を上げた。

「それもこれもお前がはっきり断らないからではないか?」
「俺はちゃんと断ってるよ、真田」
「お前な、あれで断っているつもりなのか……」

 真田が言いたいことは俺にも分かる。
 本当に付き合う気がないのなら、今はなんて言葉使わずにばっさりと切ってしまえばいいのだ。

「案外精市は彼女のことを気に入っているのでは?」

 蓮二の言葉に素直に頷く。

「まぁ、好ましいとは思ってるよ。あの真っ直ぐさだったり、純粋さだったりはね」

 まさか俺がこんなことを言うとは思わなかったのか、真田が驚愕の表情を浮かべている。真田は怒っている顔ばっかり見ているから、正直とても珍しく感じる。

「それに可愛いよね。何度も俺に告白してくる様子はさ」

 俺の言葉を聞いて、蓮二は少し考えるようなそぶりをする。どうかしたのかと思い、声を掛ける直前。

「幸村先輩!」

 聞き慣れてしまった少女の声が後ろから聞こえた。

「!」
「ほら、呼んでいるぞ精市」
「またか」
「はは、可愛らしいじゃないか」

 そんなことを言い合いながら、振り向く。こちらに向かってさんは走ってきて、俺たちの目の前で止まると息を乱しながらもいつもの言葉を告げた。

「好きです先輩、付き合ってください!」
「ごめんね、さん」

 一連のやりとりを見ていた真田と蓮二は、一方は顔をしかめながら、一方は面白そうにしながら彼女に声をかける。

「今日もか。あまり幸村に迷惑をかけるなよ」
「はい、真田先輩!」
「ご苦労だな、。今日もいい告白っぷりだった」
「ありがとうございます、柳先輩!」

 彼女の取り柄の一つでもある満面の笑顔が二人に向けられる。その瞬間、ちくりと何かが刺さる音。

「……精市」
「なに、蓮二」
「今日も彼女と一緒に帰るといい。俺と弦一郎は寄るところがあるからな」
「お、おい。柳。俺はそんなこと聞いてな、」
「そう? ありがとう、蓮二、真田。そうするよ」

 慌てたように口を開いた真田ににっこりと笑みを向けると真田は押し黙った。そしてそのまま蓮二に連れられていく。
 二人を見送ったあと、彼女に顔を向けて微笑んだ。

「行こうか。途中までだけど」
「はい! それでも嬉しいです!!」

 嬉しそうに笑うさんとは、もう何度もこうして共に帰りの道を歩いている。
 はたから見たら付き合っているように見えるかもしれないが、ただの先輩と後輩の関係で、帰り道に話すことは本当に何気ないことばかりだ。
 今日はこの授業があった。とある授業で先生に当てられてしまった。答えがわからなかった。昼休みに購買で欲しいパンが買えなかった。図書室で面白そうな本を見つけた。
 何気ないことばかりだが、彼女は全て嬉しそうに話すし、俺の話も嬉しそうに聞いてくれる。

「あ!」

 唐突に彼女が走り出す。あれほど街中で突然走り出してはいけないと言ったのに。
 彼女が向かう先には色とりどりの花たちが咲き誇る花屋があった。
 そしてさんは数ある花たちの中から一つを指差して笑顔で言うのだ。

「綺麗ですね!」

 花の名は、ブーゲンビリア。
 初夏と秋に旬を迎える花である。
 旬であるが故、それらは当然美しく咲き誇っている。

 でも、俺は思った。

「うん、綺麗だね」

 彼女の笑顔の方が、数倍綺麗に見えると。


     ***


 翌日。当然のように彼女は俺の教室にやってきた。
 教室に入ってきたさんを優しく迎え入れる女子たちの姿が見える。

「幸村先輩、好きです。私と付き合ってください!」

 いつもの告白を、クラスメイトたちは温かい目で見守っている。もはや保護者のようだ。
 だけど、あぁ、一部の男子には、いや、女子たちにもこの笑顔を見られたくないと思うようになったのはいつからだろうか。正直、自分でもよく分からない。
 気付けば、深みにはまっていたのだ。

「いいよ、付き合おうか」
「そうですか! じゃあ、またあし、……えぇ!?」

 いつもの流れで「また明日」と言おうとした彼女は途中まで言いかけて、そして驚愕に瞳を見張った。笑顔だけでなく瞳も綺麗だなんて思ったのは俺だけの秘密だ。
 周囲のクラスメイトたちは一瞬ざわついたが、すぐに鎮まった。

「え、幸村先輩? 本当に幸村先輩ですか? まさか偽物!?」
「そんなわけないでしょう?」
「え、いや、でも……えぇ?」

 どうやら俺の言葉が信じられない様子で、うんうんと唸っている。
 まぁ、確かにそんなそぶりは彼女に対して全然見せなかったし、それも当然か。

「本当だよ。さん、俺と付き合おう」

 ぽかんとしたあと、さんはぼっと火が出たように顔を赤く染めた。そんな姿も可愛らしい。

「正気ですか?」
「ひどいな。せめてそこは本気ですかって聞いてよ」
「でも、だって先輩、今はテニスに集中したいからって……」
「うん。でも、彼女がいたってテニスはしっかりと打ち込めると思ったんだよ。それに健気に応援してくれる可愛らしい彼女がいた方がやる気が出るでしょ?」
「かわっ、」

 絶句したように口を噤んでしまう目の前の少女は、いつもあんなに積極的な少女なのだろうか。
 俺の知らない一面が見えて嬉しく思う。まぁ、それをクラスメイトも見てるっていうのは気に入らないけど。

「好きだよ。俺と付き合ってください」
「は、はいっ」

 こくこくと頷く彼女は首が勢い余って取れてしまいそうだ。
 あぁ、可愛いなぁなんて思っていたから、自然とそれが漏れたのだろう。



 何度も何度も縦に振っていた顔を停止させて、先ほどよりもさらに赤い顔でこちらを見る。ぱくぱくと金魚のように口が動いて、それもまた可愛らしくて。
 無意識にその唇へ俺のそれを寄せていた。
 ちゅと控えめに音を鳴らして、顔を離すと。

「!?」
「はは、ファーストキス」

 これ以上赤くはならないであろうと言えるくらい顔を真っ赤にした彼女がいた。



 あぁ、やっぱり敵わない。
 こんなに健気で一生懸命で前向きで、ただひたすらに俺だけを思ってくれる人を好きになるなだなんて。

 なんて無謀なことだっただろう。


     ***


 幸村のクラスメイトたちは付き合って早々、幸村に翻弄される少女を見て思った。


なんて無謀な
恋をする人

自分が愛している花たちよりもよっぽど綺麗な笑顔を浮かべた女の子を見て、やっと自分の恋に自覚する幸村くん。まるで恋愛初心者のようだけど、この後はしっかりと女の子を翻弄していただきたい。というかする。
(2020.09.20)

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