ドリーム小説

深い夜が始まる

 家族を失った夢を久しぶりに見た。

 失ったばかりの頃は毎日のようにその夢を見て、その度に自分の悲鳴で目が覚めた。目が覚めるとそこには誰もいなくて、胸にぽっかりと穴が空いたような感覚に、私は独りぼっちなのだと思いしらされた。
 もう誰もいない。私を守ってくれる人も、私を安心させてくれる人も。もう、誰も。
 死にたくなるほどその事実が辛くて、でも家族が私の命を繋いでくれたのだから死ぬわけにはいかなかった。それが私の呪いだった。
 本当は一緒に死にたかった、と。本当はそのままついていきたかったのだ、と。
 そう言ったら、私の家族は泣くのだろうか。怒るのだろうか。
 それともただ笑って、受け入れてくれたのだろうか。暖かなその手を、私に差し伸べてくれたのだろうか。一緒に行こうと言ってくれたのだろうか。
 そんな無意味なことを考えて、ただ色のない日々を過ごしていた。
 私の世界に、色がついたのは一体いつだっただろう。
 流麗な青が、頭を過ぎった。




「っ」

 右肩に手を置かれて、私は過剰に反応した。ばっと目を開けると、私のその勢いに驚いた義勇さんが目を丸くしている姿が視界に入る。しかしすぐに私の反応の理由に見当がついたようで、普段あまり動かない形のいい眉が下がった。

「すまない、驚かせてしまったか」
「い、いえ」
「やはり左からは呼びかけないほうがいいな」

 どうやら私の右側に移動してその肩に触れるまで、彼は左側から私に呼びかけていたようだった。だが、失ってしまった左耳の聴力の影響で私はそれを聞き取ることが上手く出来ない。片方が聞こえないだけならあまり不便もないのではないかと私は思っていたのだが、生活をしてみると予想以上にやりにくいものだった。
 だけどその不便さをカバーしてくれるのが、目の前のこの人だ。
 私たちは体の一部の機能の片方を失った。
 私は左の聴覚を、義勇さんは右の腕を。
 だから代わりに私は義勇さんの右腕になって、義勇さんは私の左耳になる。利き手じゃない左手でやりにくい細かな作業は私が代わり、外を歩くときは義勇さんが私の左側に立って安全を保障してくれている。
 少しだけ生きにくくなってしまった互いを、互いが支え合って生きている。
 確かに大変だけど、それが家族らしくて私は好きだ。それが私の知っている、家族の形だったから。
 久しぶりの家族という存在に、私の心は満たされていた。

「全く聞こえないというわけではないんですけど、」
「それでも聞き取りにくいことに変わりはないだろう」

 私は布団に横たえていた体を起こす。どうやら義勇さんがお風呂から戻ってくるまでに居眠りをしてしまったらしい。寝ながら読もうとしていた本がそばに置いてあった。

「魘されていた。夢でも見たか」
「……はい。あのときの、」
「……そうか」

 義勇さんの大きな手が私の頭を優しく撫でる。刀を振るっていた、節くれ立った手。鬼相手には容赦なく振るわれたその手が、私にはとても優しくて心地いい。まるであのときの姉の手のように。

「眠れそうか?」

 私を覗き込んだ義勇さんと目があう。その黒い前髪から拭いきれていない水がぽたりと布団に落ちた。
 それがきっかけだったように、私は義勇さんに抱きつく。逞しいその体がしっかりと受け止めてくれて、私は自分の体を完全に彼に預けた。義勇さんの寝間着をぎゅっと握ると、彼も応えるように私の背に両腕を回してくれた。

「無理です……」
「……?」
「眠れそうにないから、一緒に寝てください……」

 その意味が、分からない彼ではなかった。
 一つ息を呑んだ義勇さんの端正な顔がゆっくりとこちらに近づいてくる。その唇がそっっと私の額に触れて、じんわりと彼の温もりが移る。ちゅちゅと可愛らしい音を立てながら、頰や鼻先に移動していき、続いて右耳に触れた。くすぐったさに身を捩ると、義勇さんが喉奥で笑った気配がした。義勇さんはそのまま私の耳朶をかぷりと噛む。

「っ」

 義勇さんの吐息が私を掠める。

「あ、っ、」
「……
「ぎ、ゆう、さ……」

 左耳が使えなくなってから、それを補うように私の右耳は随分と音に敏感になった。昔は聞き取れなかった音も、今の右耳ならいとも容易く拾ってみせるだろう。
 だからこそ、間近で囁かれた音は私の体をふるりと震わせた。義勇さんの声に私の体はくたりと力が抜ける。義勇さんはそんな私を追い詰めるように唇を奪う。

「ん、……ふ、ぁ」
「っ」

 最初はただ唇を触れ合わせるだけだったのに、だんだんと角度を変えてくちづけていく。長い接吻に酸素が足りなくなって口を薄らに開けると、それを待っていた義勇さんの舌がするりと滑り込んできた。逃げる間も無く舌を捕らえられ、絡み合う。

「んんっ!……ふ、ぅ」
、」
「はっ、義勇、さん……」

 気付けば、布団の上に押し倒されていた。私に覆いかぶさった義勇さんを見上げて、意識することもなく笑みがこぼれる。
 再び近づいてきた義勇さんを認めて、私はそっと目を閉じた。
 深い夜が始まる。