ドリーム小説

いつかのためのアーカイヴ

 いつか、こんな日が来るんじゃないかと思っていた。
 それでも、どうか訪れないでほしいと願っていた。

 私は無力で、ただ願うことしかできない、非力な人間。
 守られ、その背を見送ることしかできない女。
 炎のように熱く、誇り高く、凛々しい彼には到底似合わないけれど、

 あなたのそのご立派な姿を、未来に伝えると決めているのです。


     ***



「母さま!」

 燃え盛るように明るい髪を持った少女が、こちらにとてとてと歩を進める。なんとか倒れずに私の足元まで来た彼女はぎゅっと私の足に抱きついてこちらを見上げた。

「どうしたの?」
「今日は私の誕生日です!」
「えぇ、そうね。おめでとう」
「ありがとうございます!」

 少女の父によく似た色の髪をそっと撫でてやると、少女はぱっと太陽のような笑顔を浮かべた。

「約束を覚えていますか?」
「……覚えているわ」
「父さまのこと、教えてくださるという約束です」
「えぇ」

 今日は娘の誕生日であった。そして、以前から私と娘の間にはある約束が交わされていた。
 娘の10歳の誕生日。彼女が一度も会ったことのない、父親の話をすると。
 もうここにはいない、あの人の話。
 娘は言葉を覚えてから何度も父の話を強請った。きっと幼いなりにだが、何故自分には父という存在がいないのかも理解していたことだろう。いつか必ず話さなければいけないことだった。娘に伝えて、未来に繋げていくことが私たち残された人々の役目なのだから。
 それでも、それが私には辛いことでもあった。
 伝えるということは、彼を思い出すということに等しい。
 彼との思い出は鮮明に私の中に残っているにも関わらず、私はそれに蓋をしていたから。
 思い出してしまったら、泣き出してしまうかもしれない。それが怖くて、でもここで立ち止まっているわけにはいかなかった。

 これはけじめだ。
 彼が死んで10年という節目の年。
 私は一つ、前に進まなければいけない。

「一つ、あなたの入室を許していない部屋がありましたね」
「はい」
「そこで、話しましょうか」

 私は娘の手を引いて歩き出す。向かった先は、彼がよく執務をしていた部屋。今では私が詰め込んだ数々の遺品が残されている。
 ここに入るのは、いつぶりだろう。
 たまに泣きたくなるとき、私はここを訪れる。もう部屋の主人はいないけれど、それでもあの人が優しく迎え入れてくれている気がしたのだ。生前と同じように、大きく優しく、暖かい手で包み込まれているように感じるのだ。
 だから、私はここで泣いていた。私の唯一の逃げ場所である。

「お入り」
「……ここは?」
「あなたの父が居た部屋ですよ」

 その部屋に娘と二人で入り、そして畳に座るように促す。彼女が座り込んだのを確認してから、私はある襖を開けて、その奥にしまい込まれていたとある羽織を取り出した。

「それは?」

 白地に炎の意匠が施された、古びた、しかし丁寧に保管されていた羽織。炎柱のみが纏うことを許された、煉獄家の由緒あるものだった。代々受け継がれてきたこの羽織が、最後に使われたのはもう10年も前のこと。それ以来、誰にも袖を通してもらえずにただこの部屋に眠っていた。

「この羽織の、最後の主の話をしましょうか」

 それは燃えるように熱い過去。
 人々のために魂を燃やし、命を捧げた、とても尊い人の話。

まだまだ続きます。というか煉獄さんが出てこないし、名前変換の意味! 次は回想編。(2020.12.13)
title by ALASKA

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