届かない366通の手紙

ドリーム小説

路傍の花、されど

 こつこつと、ただ静かに仕事をこなす人がいる。
 誰かに媚びることもなく、ただやるべきことをしっかりと当たり前に行う人。


     ***



「あれ、ここにあったボール入れは?」

 つい先程までここに置いてあったボール入れのカゴがなくなっている。まだまだボール入れのカゴはあるから問題ないが、ここに置いてあったカゴはどこに行ったのだろうと疑問に思っていると、カシャンとフェンスのドアを開けて、テニスコートに入ってきた女子生徒が幸村に声をかけた。

「随分と汚れたボールが入ってたから洗っておいたよ。あとついでにドリンクも入れ直してきた」

 そう言った女生徒は抱えていたドリンク入れをベンチに置いた。
 女生徒は今時の学生には珍しく、黒縁の眼鏡をかけ、肩よりも長い髪を二つに分けて三つ編みにしている。地味という言葉がよく似合う生徒である。

「助かるよ、さん」
「マネージャーの仕事だよ」

 確かにマネージャーの仕事だが、ボール磨きなんて皆が嫌がる仕事だ。大変だし、なかなか綺麗にならないことを幸村は身を以て知っている。だから本当に助かるのだ。は当然のように答えるが、ここまで部員たちの力になってくれるマネージャーは他にもいない。

「あ、幸村くん」

 思い出したようには幸村の名を呼んで、脇に挟んでいたファイルを取り出して、コツコツとシャーペンの先で紙を叩いた。その紙はテニス部の備品の一覧がまとめられている紙だ。いくつかの備品欄にはチェックがつけられている。それらを示すようには言う。

「使用不可のボールを処分した分、ボールを補充することになったからあとで確認しておいて。あと、これとこれが……」

 チェックされた備品について次々と幸村に説明していく。幸村もそれを聞き逃すことなく頭に入れていった。

「あぁ、それで頼むよ」
「わかった」

 確認事項を全てチェックし終えたあと、は次なる仕事に向かおうと幸村に背を向けた。しかし幸村はを呼び止めた。

「なに?」

 振り返ったの三つ編みに触れて、そのまま髪ゴムを抜き取って解いた。二つに分けられた髪のうち、片方の三つ編みが解かれ、さらさらと肩に流れた。
 幸村の不意打ちの行動には珍しく驚いた表情を浮かべた。

「ちょっ、幸村くん!」

 思わず抗議の声を上げたに笑いながら、幸村は自分の口元に人差し指を当てて、しーっと静かにするように促す。


「なに?」
「好き」

 そう言って、幸村はさっさと練習に戻ってしまう。言い逃げをした幸村の後ろ姿を見つめ、は顔を真っ赤にしながら言葉をこぼした。

「ばか」

 そんなの声が僅かながらだが幸村の耳に届く。くすりと笑って、真っ赤なの顔を思い出しながら、のあんな可愛い姿を知っているのは自分だけという優越感に浸った。


     ***



 こつこつと、ただ静かに仕事をこなす人がいる。
 誰かに媚びることもなく、ただやるべきことをしっかりと当たり前に行う人。
 地味であまり目立たない、いつもクラスの端にいるような女の子。誰も気付かないし、興味を持とうともしない。
 でも、それでいい。
 彼女の魅力に気付いているのは、俺だけでいいから。



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