ドリーム小説

微熱ごと抱いて眠る

恋人の誕生日は誰だって張り切る。当然だろう。
 私だって彼が喜んでくれる姿を想像して、それを見るために何ヶ月も前から準備していた。好きな人が喜んでくれることは何より嬉しいことだから。

 だというのに。
 12月20日。私の恋人である赤司征十郎の誕生日である今日、私は自室のベッドに沈んでいた。



「っ、」

 ごほごほと咳き込みながら、私はスマホを片手に寝返りを打った。その反動で額に貼っていた熱さまシートがぺらりとめくれたため、慌ててそれを元に戻す。しっかりと貼り直したものの、貼ってから時間が経っているため、あまり冷たさは感じない。そろそろ変えないといけないと分かっているのだが、もう何もやる気が出ない。
 やる気が出ないのは、この体を襲う怠さだけが理由ではないだろう。

「はぁ、せっかく征十郎くんの誕生日なのに……」

 この日のためにどれだけ準備を重ねたことか。手間をかければかけるほど、それが打ち砕かれたときのダメージは計り知れない。

「征十郎くん、からは……返信ないし……怒ってるかな……」

 朝、起きたら体が重かった。まさかと思って熱を測ってみると、そのまさか。38℃の高熱を出していて、征十郎くんとのデートは諦めなければならないことになった。
 征十郎くんには謝罪のメールを送ったのだが、返信はない。昨日会ったときも今日のデートを楽しみにしていたから、体調管理の出来ない私に怒っているのかもしれない。

「なんで今日なの……」

 1年は365日もあるというのに、何故よりにもよって今日なのだ。神様は私のことが嫌いなのだろうか。なんてことを考えても仕方がない。神様を恨んでもどうしようもないし、何より体調管理を怠った私が悪いのだ。しっかり反省して、まずは体調を回復させることに専念しないといけない。
 高熱が治ったら、改めて征十郎くんに謝らないと。
 そうメールの画面を眺めていると、

──ピーンポーン

「……誰だろ」

 日曜日の真昼間。こんな時間に私の家に誰か来る予定はあっただろうか。もしかしたらお母さんの宅配かもしれないなと思っていると、コンコンと私の部屋の扉がノックされた。「は~い」と掠れた声で返事をすると、お母さんが顔を覗かせる。

、お客さんよ~」
「……?」

 そう言った母はニヤニヤと笑みを浮かべており、私は首をかしげる。すると、そんなお母さんの背後から現れたのは、赤い髪と瞳を持つ、紛れもない私の彼氏であった。

「あ、征十郎くん!?」


 征十郎くんは私の母の横を通り抜けると、私の部屋に入ってくる。お母さんに一言かけてから、それに頷いたお母さんはこちらに手を振ってがちゃんという音と共に扉を閉めた。
 ベッドのすぐ脇に膝をついた征十郎くんは私のおでこに手を当てる。

「具合は?」
「……朝よりは、平気だよ」
「シートがぬるくなってるな。変えたほうがいい。どこにある?」
「あ、そこ……」

 私は突然現れた征十郎くんに混乱しながらも、なんとか机に置いてある熱さまシートを指差した。征十郎くんはそれを手に取ると、ぺりっとシートを剥がして私に新しいそれを貼る。
 そのスムーズな一連の動作を見ながら、征十郎くんがこのシートを使うイメージはないけど使ったことがあるのだろうかとぼーっと考えていた。

「頭、ちょっときんきんする……」
「新しいやつだからな。すぐに心地よくなるよ」

 頭を優しく撫でられて、私は瞳を細める。

「どうして、ここに?」
「高熱を出したと聞いたから、急いで来たんだよ」
「……ごめんね、せっかくの誕生日だったのに…………」
「気に病むことはない。オレはが元気になってくれればそれでいいよ」

 征十郎くんはそう言って励ましてくれるものの、どうしても私自身が私を許せなかった。そんな私を咎めるように、赤司くんは私の名前を呼ぶ。


「…………」
「……?」
「久しぶりのデートだったから、楽しみにしてたの。征十郎くんの誕生日だし、一緒にお祝いしたかったのに……」

 一緒に居たかったのに。
 そう呟いてから自分に嫌気が指して、私は布団をぐっと上げて中に入り込む。その中で体を丸めていると、征十郎くんがぽんぽんと布団の上から私の体を軽く叩いた。きっと顔を覗かせてという合図なんだろうけど、私は「んー」と唸ってそれを拒絶する。すると、微かに「はーっ」というため息の音。私の体はびくりと震えた。
 せっかく征十郎くんが私の家まで来て心配してくれているのに、この態度はなんだ。なんて面倒臭い彼女だろうと再び自己嫌悪に陥ったところで、がばっと布団がまくられて焦った。ずっと真っ暗闇の中にいたせいで光が眩しくて、それを遮るように瞳を細める。しかし影が私を覆って、その眩しさは消えた。

「征十郎くん……」
「ならこうしていようか」
「?」

 征十郎くんは微笑を浮かべると、私の布団の中に滑り込んで来た。その突飛な行動に驚愕し一度は体が硬直したものの、私はすぐに征十郎くんの体を外に押し出すように手に力を込めた。でも逆にぎゅっと抱きしめられてしまって、為す術もなくなってしまう。
 焦っている私を横目に、当の本人である征十郎くんは楽しそうに笑っている。随分とご機嫌な様子に私は拍子抜けしてしまった。

「……風邪、移っちゃう」
「オレはそんなに柔じゃないよ」
「……万が一にあるかもしれないじゃん」
「ならオレに移して早く治って」
「そんなの、無理だよ」
「そうか?」
「そうなの」

 私の言葉に、やはり征十郎くんは笑う。後頭部に回った彼の手が優しく私の髪を撫でた。耳元で同じくらい優しい囁きが一つ。

「自分の誕生日に彼女の世話を焼くのもいいな」

 その囁きに熱が下がってきていた体が急激に熱くなっていくのを感じる。もしもこれで熱が上がっていたら、どうしてくれると言うのだ。
 そんな私の抗議も聞かず、征十郎くんは私の顔を自分の胸元に埋めさせる。私はそこで観念して、彼と同じように腕を彼の背に回した。

「きっと次起きたときにはもっと楽になってるよ」
「……そうしたら征十郎くんのおかげだね」

 私の言葉に微笑みかけると、征十郎くんは小さい子にするように私の背をぽんぽんと叩き出す。その心地いい振動に眠気が誘われて、少しずつだが瞼が下がってきた。
 ──まだ、寝たくないな。せっかく征十郎くんがわざわざ来てくれたのに。もっとお話していたいな。
 そんな私の思いとは裏腹に脳は動きを鈍くさせていき、ついに瞼が完全に下された。

「おやすみ、

 動かない頭で、朧げな記憶。微熱の中の出来事だったけど、きっとこれは幻じゃない。

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